(写真:beauty_box/イメージマート)
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(*全5回の最終回。第1回はこちら

 次の選挙には擁立しない。

 立憲民主党の決定を私は選挙区の支持者に伝えて歩いた。

「あら、どうして?」

 志摩市に住む女性は驚いて、開口一番に言った。だが、決定の理由は私にもわからない。だから、これまでの事情と経緯を説明する。「カネを持って来い」からはじまるストーリーを。

「それじゃあ、あなた、ただの使い捨てじゃない!」

 県連の常任幹事会でも出ていた言葉だった。「使い捨て」。私の立場をそう表現されると辛いものがあった。だが、そう映ることも事実だった。

支援者からの意見書、党本部も県連も無視

 その上で「署名活動はやらないの?」と訊かれた。立憲民主党に対する抗議の署名を意味していた。

「いつでも署名はするわよ」

 選挙が終わってまもなく、伊勢市の隣の明和町では「青沼会」という私の後援会組織が立ち上がろうとしていた。当初は、立憲民主党も次の選挙を目指す意向を示していたので、盛り上がっていた。

「なんじゃ、そりゃ!」

 90歳を過ぎてはいたが、後援組織の世話人を引き受けてくれた人物は、私の説明に憤りを露わにした。

「そんなん、もったいないわ!」

 そう言ってすぐさま「意見書」をしたためてくれた。私を擁立しないことへの抗議を示していた。有り難かった。

 その意見書は2通作成され、1通は立憲民主党の党本部へ、もう1通は同党の三重県総支部連合会(県連)に送付された。配達証明郵便だったから、どちらも届いたことは確かだった。だが、そのどちらも無視されたままだ。