*写真はイメージ(写真:imacoconut/Shutterstock)
選挙に落ちる、とはこういう気持ちなのかと知ったのは、わずか1年3カ月ほど前のことだった。
もっとも、公職選挙法に基づく選挙に立候補した経験を持つ日本人は少ないはずだが、まして、それが国政選挙ともなるとなおさらだろう。
「お前、常識がないんや!」
私がその貴重な経験をさせてもらったのは、第50回衆議院議員選挙だった。2024年10月15日公示、同月27日投開票だった。私はその選挙に三重県第4区から、立憲民主党の公認で立候補した。
2023年8月、衆院選三重4区の立憲民主党の候補者に内定し記者会見する筆者(写真:共同通信社)
きっかけは三重県在住の知人から声をかけられたことだった。
三重県で立憲民主党が次の衆議院選挙の候補者を公募している……。
その当時の私は東京を拠点に作家・ジャーナリストという立場で、いまのように執筆に取り組んでいた。しかし、情報発信やオピニオンだけでは、変わっていかない現実がある。打ち破れない閉塞感に、無力感と徒労感が積み重なっていく。ならば、こちらのスタンスを少し変える必要があるのではないか。
私は立憲民主党の候補者公募に応募した。東京の党本部で職員との面接も経て、当初の希望の選挙区とは違っていたが、三重県第4区を提案された。当地とはまったく縁もゆかりもなかったが、公職に就いて人の役に立つということであれば同じことだ、と考えて決断した。
いうなれば、国政政党の公募による落下傘候補だった。
そして、そこからはじまった政治活動のスタートで浴びせられた一言を、私は忘れることができない。
「選挙をやりたいんなら、カネを持って来い!」
よりにもよって地元の県議会議員で今後の選挙を取り仕切るはずの選挙対策委員長から、そう恫喝された。それも私を囲むはずの歓迎会の席上でのことだった。
「お前、カネ持ってないんだろ!」
その言葉で堰を切ったように「お前」と呼ぶ私への叱責がはじまった。
「お前、常識がないんや!」
同じテーブルの目の前には私の後援会長が座っていた。だが、私を庇うどころか、「そうなんさぁ」と地元弁で相づちを入れながら、いっしょになってなじりはじめた。
いまにして思えば、あれがすべての始まりにして、終わりだったのだろう。希望が失望に変わった瞬間でもあったように思う。
