それがこの地域特有のことなのか。そう思って、このあと弁護士にも確認してみた。賃貸契約の契約書はどちらが作成して示すという法的根拠はない。だが、物件を貸し出すオーナー側がより自分に有利になるように契約書をまとめてサインと押印を求めることが常態化している。地元の会社経営者や不動産関係者にも尋ねてみた。貸主が契約書を示す。それはどこにいっても同じだ、と口を揃えて(中には鼻で笑って)答えた。

 しかし、いまこの4人テーブルの閉ざされた小さな世界では、世間一般の常識が通じない。常識が非常識となって私を責め立てる。

岡田克也幹事長も言った「賃貸契約の契約書は借りる側が作って持っていくのが常識」

 その後も、Fをはじめとする責め立てが続く中で、私の“歓迎会”もお開きになろうとしていた。

 私はこの会の参集者のために手土産を用意していた。司会進行役が会を閉めようとしたので、私は慌てた。Fの耳元での叱責は続く。私は、少し待ってほしい、と伝えてその場に立ち上がって声を上げた。「みなさん、本日はありがとうございました。皆さんにお土産を用意しましたので……」私がそう呼びかけているにもかかわらず、あえてそれを妨害するようにFは私の横で、私にだけ聞こえるように何か言葉を浴びせ続けた。頭の中が混乱していた。

 これが、私を囲う会、歓迎会なのだろうか。

 東京である程度の常識を持ち、それなりのキャリアを積んできたはずの私にとって、この日の体験はトラウマにしかならなかった。

 この日を境に、選対委員長のFは私のことを「お前」と呼び、選対会議でも暴言が飛び交うようになった。

 のちにこの苦境を三重県第3区の選出で、当時の立憲民主党の幹事長であり、同党の三重県総支部連合会(県連)の顧問だった岡田克也に話したことがある。こんなことがあっていいのか、現実を知って欲しかった。だが、その状況を知ったはずの彼の口から出た言葉には驚かされた。

「だけど、賃貸契約の契約書は、借りる側が作って持っていくのが常識でしょ」

 こういう人物が日本の政治を動かしていることを目の当たりにした瞬間だった。

(文中一部敬称略)

*<【衆院選出馬顛末記2】「お前からは、やる気が感じられんのや!」選対委員長に罵倒され続けた三重4区での政治活動」>に続く