事情を説明して、その反応を見るにつれ、やはり私への仕打ちは酷いものなのだろう。理屈も常識も通じない世界で責め立てられる。これを「いじめ」という人もいた。公募に応じて、それなりの結果を残したにもかかわらず(前回候補者より1万2000票を増やしていた)、そのまま「使い捨て」に値するものなのだろうか。次点であるのに次回候補にしないことからして、理解に苦しむ。

 ただ、これには後日談がある。

「もしもまだやる気があるのなら…」

「次回の衆議院選挙では青沼さんを擁立いたしませんので」

 県連の幹事長に伝えられた直後のことだった。

 はい、わかりました! と歯切れ良く答えて、電話を切ろうとした時だった。「ただし! ただしですよ。ちょっと待ってください」

 長年にわたり三重県議会議員を務めてきた幹事長が機先を制するように、言葉を急いだ。

「ただし、これは私個人のあくまで政治家としての直感ですが……」

 党の意向ではないことを念押しする。

「青沼さんには青沼さんにあった、相応しい選挙区があるはずです。あくまで長年政治家をやってきた直感です」

 意図するところは、言い換えれば、この選挙区は私に合わなかった、ということなのだろう。私の主張にも少なからず理解を示してくれていた。

「ですから、もし、もし青沼さんにまだやる気があるようでしたら、他の選挙区をあたりたいと思います」

 意外だった。同時にこの人物の奥底にあるのは、私への批判なのか評価なのか、追い出したいのか活かしたいのか、よくわからなくなった。

「いますぐでなくて結構ですので、もう一度でもやってみる気があるのでしたら、ご連絡ください」