かまぼこがおととからできているように、たくあんはだいこんからできている。宮崎県の太平洋側はたくあん用だいこん日本最後の聖地。その特別なだいこんを愛するたくあんメーカーを訪ねた。

キムラ漬物宮崎工業株式会社 代表取締役 木村 昭彦さん

だいこんがかわいい

「だいこん、かわいいですよ。毎日見てるとすーっとキレイなだいこんもいれば、ちょっとぶさいくなのもいる。下がまるくなっていてずんぐりむっくりとか、えくぼみたいに凹んでいたり、足が絡んでいるのもあるでしょう?」

およそ30年間、だいこん一筋の木村さんに、私がふと「イヤになっちゃうことはないんですか?」とたずねると、木村さんはそう言って破顔した。

ここは宮崎県は新富町という町の、そのなかでも太平洋に近い、富田浜入江のすぐそば。木村さんというのはキムラ漬物宮崎工業株式会社という「たくあん」をつくり、販売するメーカーの代表取締役 木村 昭彦さんだ。

「生まれは愛知県の渥美半島。そこに祖父が昭和28年(1953年)に始めた『キムラ漬物』というたくあんメーカーがあって、会社になったのは父の代なんだけれど昭和41年(1966年)。そのあとに高度経済成長期が来て、よく売れた。でも渥美半島は土地がない。だいこんが足りない。それで産地を求めてやってきたのがここ」

昭和47年(1972年)、家族で宮崎県新富町に引っ越したのだという。

「冬のだいこんの時期は、アルバイトとしてたくあんをつくっていましたよ」

キムラ漬物宮崎工業は愛知県のキムラ漬物とは系列会社という関係だそうで、協力関係にはあるものの独立採算。木村さんは第2世代の社長だ。そういう話を聞いて、そんなにずっと、たくあん人生を歩んでいたら、多少は反逆心も芽生えないのかと考えての冒頭の質問だったのだけれど、木村さんはニコニコしながらだいこん愛を語るのだった。

取材日にキムラ漬物宮崎工業に届いただいこん。農家が「大根やぐら」というところで天日干しをしてから納品する。今年は天候に恵まれ、よいだいこんが収穫できたそうだ

長期熟成のたくあんは円くない

1個で1トンもある漬物石を移動させるためのクレーンがあるので、確かに「工業」感があるキムラ漬物宮崎工業の心臓部は、たくあんを作るための巨大な穴。

この中にだいこんを隙間なく並べ、上に米ぬかと塩と唐辛子、そしてまただいこんを隙間なく並べ、その上に米ぬか、塩、唐辛子……とレイヤーを重ねていく。

3人がかりで巨大な穴にだいこんを敷き詰める

穴いっぱいにだいこんを入れたら蓋をして、前述の漬物石を2つのせ……あとは基本的に待つばかりだ。

だいこんから出た水分が穴の上、蓋からはみ出し、そこに産膜酵母が形成される。これもある種の蓋になって、その下で乳酸菌による嫌気性発酵が起こることで、だいこんが漬物、つまりたくあんになる。だいこんを隙間なく並べるのも、空気を入れないためだ。

仕込んでまだ数カ月の状態。白い泡のようなものが産膜酵母だ

「というのは後から知った話で、たくあんとはこうつくるもの、と教わってきました」

蓋と産膜酵母の下、たくあんが健全に育っているかどうかは、まさに「蓋を開けてみないと分からない」世界。発酵の調子が悪そうな場合も、塩を追加するくらいしか後から打てる手がない。だいこんの状態を把握し、最初に正しいであろうセッティングを行うことでほぼすべてが決まる。

使うのは米ぬか、塩、唐辛子のみ。塩は天日干しの塩、米ぬかは特別栽培米のものなど、質の高い材料を使う。あとは時間と発酵・熟成がだいこんをたくあんに変える

発酵・熟成は短くても3カ月以上かける。なんと5年熟成モノもあるという。若い段階では乳酸の酸味が強くあり、熟成が進むと、これもおそらく乳酸菌によるものだろう、独特の渋みを獲得していく。

「うちのたくあんは断面が円くないでしょう? これは押されているから」

発酵工程を経ないたくあんや変形するまでの時間をかけていないたくあんは、だいこん本来の形である円形の断面になる。

漬け込まれて数カ月経過したたくあん
キムラ漬物宮崎工業の商品群(のうちの一部)。たくあんが円柱というよりも四角柱のような形状をしているのがおわかりいただけるだろうか?

すっぱいたくあん

発酵・熟成期間の長い短い、熟成完了後の味付け(醤油味をつけるとか)をするしない、食感の差(カリカリ加減)などで多数のたくあんをラインナップするキムラ漬物宮崎工業で、看板商品とも言うべきが「すっぱい宮崎発酵だいこん」。

キムラ漬物宮崎工業の看板商品「すっぱい宮崎発酵だいこん」。使うのは大根以外は国産米米ぬか、自然結晶天日塩、唐辛子のみ。後から味付けもしていない

これは文字通り、すっぱい。ただ、この酸味を単にすっぱいと言うのは個人的に抵抗がある。ワイン的に言えば、これは抑制され、制御された酸味だ。

ぬか漬けなどをやったことがある人であれば経験があるかもしれないけれど、塩は発酵を安定させやすい。木村家の基本的な教えも「塩はしっかり使え」だという。ためらって塩が足らず、発酵に失敗してだいこんを台無しにするくらいなら、思い切って使え、ということだろう。

ただ、塩を強くしすぎると乳酸菌の活動が抑制されて、今度はもうひとつの魅力である酸味が出づらくなるもの。そこで、あえて塩をギリギリまで減らして乳酸の酸味を強く押し出したのが「すっぱい宮崎発酵だいこん」。発酵・熟成期間は8カ月以上。

味わいはもうこれでひとつの料理だ。だいこんの甘み、熟成によるものだろう、酸味と塩味はともに角が取れていて、滑らかでシームレスな味へと変化している。優れた醤油、優れた味噌は時に調味料の領域を越えて、それ単体でひとつの食品と言いたくなる複雑性を獲得するものだけれど、これも米の添え物にしておくのはもったいない。これだけを、一皿の料理として楽しめるくらいに、完成された食べ物だ。

あ、もちろん、ご飯の付け合せとして合わない、という意味ではないですよ。

ヤグラだいこん最後の砦

ということで、木村さん率いるキムラ漬物宮崎工業の職人の面々は、酒で言えば醸造家のような存在。しかし、あまり自分たちの技術を誇るようなことがない。むしろ、だいこんの話ばかりする。

「農家さんはやっぱり苦労されてます。うちが使うのは天日干しだいこんだから、ただ、だいこんを育てるだけじゃなくて、干す必要があります。気温やだいこんの状態によって、干す時の間隔を変えたり、夜が冷え込むときはだいこんが凍らないようにストーブを焚きに行ったり……」

地元、新富町の農家とは、宮崎に来て以来のつきあい。そもそも、ここのだいこんを求めて、木村家は引っ越してきたのだ。

だいこんなんてどこにもあるじゃないか、とおもうかもしれないけれど、ここのだいこんは、ただのだいこんではない。これはたくあん向けのだいこんで、しかも収穫後「大根やぐら」と呼ばれる杉や竹で組まれた巨大な物干し台のような構造物にだいこんを吊るして天日で乾燥させるのだ。

だいこんを収穫して干し始めるのは11月の終わりごろ。そこから2月頃までがたくあんづくりの本番だけれど、その間、雨が少なく、風が吹き、十分な日照がある太平洋に近い場所でないと、よい天日干しだいこんが安定してつくれないという。

特に雨は難題で、天日干しだいこんは、収穫して干して、収穫して干して……のサイクルを2週間程度で約3カ月間まわしていくのだけれど、雨が降れば干しているだいこんにカバーをかける必要があるとか、雨だと日照時間が減るとかいったことだけではなく、土壌が濡れれば収穫前のだいこんは水を吸って太る。太いだいこんは当然、乾燥時間が長くなるし、均一な乾燥も難しくなる。これでサイクルが乱されると、後が詰まって、結局、畑ごと使えなくなる、という可能性も出てくる。

「だからいい大根ができて、かつ干せる土地じゃないとできない。渥美半島も条件はいいけれど、面積が限られている。いま、ヤグラだいこんがしっかりできるのは宮崎くらい。ここがなくなったらもう後がない」

だいこんは天日干しになると辛味が減って、アミノ酸、グルタミン酸、GABAなどの成分が増えるという。これがぬかとともに発酵して、さらに栄養を増す。美味しいだけじゃなくて身体にもいい。人間の知恵だし、現在においては、時間と手間と自然の恵みによって成り立つ食べ物は贅沢だ。

念の為、自社でだいこんを育てようとはおもわないのですか? とたずねてみたら——

「畑には行きますし、農家さんとはよくお話しています。普通のだいこんとは違うだいこんで、どこでもできるものではないですから、やっぱり皆さん、プライドがある。だから、そこはお任せします」

農家が苦労してつくった干しだいこんの良さを損なわないよう「新鮮なうちに漬ける」が木村家の教え。そして、年によって、自然の条件で変化するだいこんの太い細い、長い短い、収穫量の多い少ないに合わせて、商品も売り先も調整する。2月は、1年を決める正念場だ。

「農家さんには、自慢のだいこんがきちんとしたところで売られることで、もっと誇りを持ってもらいたい。そのためにも私たちは良い商売をしないといけない」

これだけだいこん愛に溢れていて、中途半端なたくあんができるわけもない。美味しいわけです。