
日本の酒造りは「遺産」化、工芸化の道を歩む?
2024年「日本の伝統的酒造り」が、ユネスコ世界無形文化遺産に登録された。「遺産」認定にはめでたさよりビミョーな気がする。
イマイチめでたさを感じない。日本酒の消費量は過去50年間で約4分の1にまで減少している。日本では新規に日本酒(清酒)の製造免許が取得できない規制があり休眠中の蔵も相当数ある。足元には酒米の不作と高騰という不安もある。
意識の高い造り手は、この「遺産」級に洗練された酒造りの技に、さらにニッチな技術を注いでいる。日本酒バーでややこしい蘊蓄を聞かされ、ありがたく頂くのだが、大して酒好きじゃないワタシの舌では、どれも「スッキリ系」「ワイン寄り」の横並びに感じられる。酒は、ユーザーのニーズそっちのけで「技のための技」を極める伝統工芸品みたいに見える。
エンタメも嗜好品も、欲しいのは共感できる物語や、日常を揺さぶるような感動、新しい価値の提案だ。現代アートと変わらない。若者や外国人ウケを意識した工芸品が小っ恥ずかしいように、ワイン風の日本酒も、飲んでいて落ち着かない。大して酒好きじゃないワタシの意見だが。
LINNÉのブランド800(やお)は、八百万(やおよろず)=あまねく森羅万象を酒にし、植物素材を組み合わせるクロスボタニカルというコンセプトを表している。手前から、大阪府・八尾市の長龍酒造で醸造し、柱焼酎仕込みを加えた「800 蕎麦」、「800 米」、大麦のみで醸した「800 大麦〈天盃〉」のボトル。
閉ざされた酒業界の扉を開ける、醸造所の幽霊(ファントム)
そんな「遺産」的酒造りの世界に、「幽霊」が跋扈している。2012年に新設された「自己商標酒類卸売業免許」という酒販免許により、他社の蔵で作ったお酒を自社のブランドとして販売できるようになった。いわば蔵の「間借り」。これが「ファントム(幽霊)ブリュワリー」と呼ばれる。
話題の「クラフトサケ(クラフトサケブリュワリー協会の定義)」にも「幽霊」の申し子がいる。クラフトサケは、清酒には加えることのできないフルーツやホップなどの副原料をフレーバーとして添加するものが多い。地産の原料は、ローカリティーという物語を楽しませてくれる。
「幽霊」が扉を開けた酒造りの冒険を、さらにコンテンポラリーな文脈に持ってゆくのが、今井翔也さんのブランドLINNÉだ。
今井翔也さんの実家は、群馬県の1841年創業の「聖酒造」。兄が8代目を継ぎ、次兄も蔵人、母も祖母も酒蔵出身の醸造一家
2016年創業以来、日仏米で日本酒造りを行うWAKAZEの杜氏を務めた今井さんは、2024年に帰国しLINNÉとして独立後、各地の蔵を借りながら酒造りを試みている。コンセプトは「異を醸す酒」。既存の酒造りの製法、素材、そして蔵のあり方。すべてに新たな問いを立てる。
京丹波栗の麹と淡路島の無農薬米で、薪窯を用い、地下甕発醸させた限定のどぶろく。間借りした蔵 Sake Undergroundの名をとって「800 栗 Underground」。米と米麹を原料とする酒を「清酒」と、米以外の麹を使った酒は「その他の醸造酒」や「雑酒」とカテゴライズされる(撮影:著者)
「クラフトサケ」を超える、コンセプチュアルな酒造り
LINNÉの銘柄「800(やお)」のラインナップは、現在5種類(一部完売中)。「800 米」は、焼酎向きの白麹を用い、仕込み水に焼酎を加える「柱焼酎(はしらじょうちゅう)仕込み」。白麹からは酸味が醸される(ゆえに清酒では使用が避けられる)が、そこに“酒で酒を醸す”貴醸酒造りを施し、甘さを加える。あえて逆に働くファクターをぶつけ、その均衡が不思議に深い甘さになっている。仕込みに用いた焼酎は、酒粕を蒸留させた粕取り焼酎だ。1本の中に、蒸留と醸造を融合させる意外性、清酒から出た副産物を循環させるというエコなストーリーがある。
福岡県の焼酎蔵とのコラボレーション「800 大麦〈天盃〉」は、世界初の「純麦酒」だ。麦のふくよかさがパンチのある料理を支える。「そ・かわひがし」(京都市左京区)で1月に開催された、LINNÉペアリングイベントでは、豚・カマンベールチーズのフライに合わせた。LINNÉペアリングイベントは4月にも開催予定(撮影:著者)
米麹ではなく、効率の悪い蕎麦麹でつくった酒
「800 蕎麦」は、さらに実験的だ。飲むと蕎麦湯のようなとろみがあり、こっくりとまろやか。米麹ではなく蕎麦麹を使っている。米に比べて、蕎麦の麹での生産効率を杜氏の今井さんは「アウトプットで一桁違う」ほど悪い、という。「米と米麹は、日本人が2000年の米作り、酒造りを通して最適化した、究極の相性」と知りながら、なぜ「米以外の麹」に挑戦するのか。
麹作りに使う蕎麦と大麦。蕎麦は新潟・小千谷市の有機栽培。大麦はコラボしている福岡の焼酎蔵のもの
