スパイの活動はネット上に中心が移っている(Pixabayからの画像)
高市早苗首相の誕生で、「スパイ防止法」への関心が高まっている。
高市氏はこれまでの自民党総裁選などで、この法律の制定を誓い、連立を組んだ日本維新の会も法整備に言及してきたからだ。
自民党は中曽根政権下の1985年にスパイ防止法案を国会に提出したものの、強い反対論を受けて廃案となった過去がある。今回も立憲民主党や公明党は導入に慎重な姿勢を示しており、議論は紛糾が予想される。
高市氏はインテリジェンス機能の強化が持論である。
筆者は、日本のインテリジェンス機能の強化には、スパイ防止法の制定と共に専門の防諜機関と専門の国外諜報機関の創設が不可欠であると見ている。
防諜機関と国外諜報機関については直近の記事「高市首相主導で動き出した日本のインテリジェンス機能強化、日米の差は縮まるか」(2025年11月7日)を参照されたい。
また、高市氏は就任前の2025年5月20日に、「スパイ防止法がないために、反スパイ法で拘束された邦人が中国にいても、スパイの交換という手段が使えない」と法整備の必要性を強調した。
つまり、高市氏は、スパイ防止法を制定することで、国際的な常識に基づいた防諜体制を整備し、必要に応じて「スパイ交換」という外交的選択肢も持てるようにすべきであるという立場である。筆者も全く同感である。
さて、冷戦時代、旧ソ連をはじめとする旧共産圏諸国は、外交官、通商代表部、ジャーナリスト等を肩書きとして相当数のスパイを西側諸国に送り込み、内外政策や軍事、科学技術に関する諜報活動を活発に行った。
1991年のソ連邦の崩壊後、諸外国は、内外政策や軍事に関する情報よりも技術情報の収集に一層力を入れるようになった。
このため従来からの情報機関員によるスパイ行為という脅威に加えて、研究者、留学生等を先進諸国に大量に派遣し、先端技術企業や防衛関連企業関係者に対する技術移転の働きかけや彼らを通じて技術情報を取得するなどの脅威が出現した。
さらに、情報化社会の進展により、サイバー空間における諜報活動という新たな脅威が生じている。
さて、スパイ対策には2通りの方策がある。一つは、一般に秘密保全といわれる予防措置である。
予防措置には標的(人的、物的)の防護強化や外国情報機関員等の合法的な諜報活動の監視などがある。
もう一つは、外国情報機関員等、所謂スパイの非合法の諜報活動を探知し、スパイを逮捕する制圧行為である。制圧行為の法的根拠となるのがスパイ防止法である。
我が国では近年、スパイ対策の一環として秘密保全体制の強化が図られてきた。
2001年10月29日に成立した改正自衛隊法により防衛上特に秘匿を必要とする秘密を漏洩した場合の罰則が強化される等の措置が講ぜられた。
具体的には、「防衛秘密」が創設され、処罰の対象に、「防衛省との契約に基づき防衛秘密に係る物件の製造もしくは役務の提供を業とする者」が含まれた。
また、2007年8月9日にカウンターインテリジェンス推進会議が策定した「カウンターインテリジェンス機能の強化に関する基本方針」に基づき、「政府機関の情報セキュリティ対策のための統一基準」や「秘密取扱者適格性確認制度」などが政府機関において統一的に運用されている。
2013年10月25日には、安倍晋三内閣が、機密情報を漏らした公務員らへの罰則強化(10年以下の懲役)と適正評価の制度を定めた特定秘密保護法案を閣議決定し、国会に提出した。
特定秘密保護法は2014年12月10日に施行された。特定秘密保護法の成立により、秘密取扱者適格性確認制度の法制化と機密漏洩の罰則強化が実現し、我が国の秘密保全体制は以前に比べて格段に強化された。
上記の「防衛秘密」も「特定秘密保護法」が成立したことによって、「特定秘密」に移行した。
以上の対策は、いずれも予防措置である。すなわち、我が国では戦後から今日を通じて制圧行為の強化がほとんど図られてこなかったといっても過言でない。
このため、我が国には他国のようにスパイを直接取り締まる法律がなく、司法当局は他国と比べ、厳しい対応を迫られている。
ところで、本稿では、温故知新の精神で、戦前のスパイ防止法と1985年に国会に提出された「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」について述べてみたい。
以下、初めに戦前のスパイ防止法について述べ、次に現在のスパイ防止法を「守秘義務に関連する法律」、「スパイを直接取り締まるための法律」および「産業スパイを取締るための法律」に区分して述べる。
次に1985年に国会に提出された「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」の概要について述べ、最後に、あるべきスパイ防止法について簡単に私見を述べる。
本稿が、日本のスパイ防止法の導入に向けた議論の資となれば幸甚である。