ミュンヘン安全保障会議でスピーチするウクライナのゼレンスキー大統領(2月13日、ウクライナ大統領府のサイトより)
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 2026年のミュンヘン安全保障会議で、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を「戦争の奴隷」と呼んだ。

「彼はツァーリ(皇帝)のつもりかもしれないが、現実には戦争の奴隷だ。戦争のないプーチンを想像できますか。正直に」

 その問いは、プーチン氏の政治生命が戦争と不可分であるという現実を突きつけるものだった。これは単なる挑発ではない。

 プーチン体制の核心、つまり国家の利益ではなく、体制の延命こそが戦争継続の原動力であるという構造を鋭く言い当てているように思える。

国家を守る決断と体制を守る決断

 第2次世界大戦末期、日本はすでに国家としての限界を超えていた。本土空襲は都市を焼き尽くし、食糧は枯渇し、産業は崩壊し、沖縄では住民を巻き込む悲劇が続いた。

 このまま戦争を続ければ、日本という国家そのものが消滅する――。昭和天皇はその現実を直視し、ポツダム宣言の受諾を決断した。

 その決断は、国家の寿命を守るために、軍部の意向を抑え込む選択であった。

 時代は移り、場所は変わり、現代のロシアは今のところ全く逆の道を歩んでいる。経済は疲弊し、人口は急減し、国民生活は悪化し続けている。それでもロシアは戦争をやめない。なぜか。

 第2次世界大戦末期の日本とは戦況も経済力も取り巻く環境も大きく違うため比較すべき対象ではないとはいえ、プーチン氏が守ろうとしているのは、国家ではなく体制という点は浮き彫りになるであろう。

 国家の寿命が削られようと、若者が戦場で失われようと、国民生活がどれほど崩壊しようと、彼にとってそれらは「体制維持のための代償」にすぎないようだ。

 経済が疲弊し、人口が減り、社会が荒廃しても、治安機関と軍が忠誠を保ち、政権が倒れなければよい――。その冷徹な計算こそが、ロシアの継戦を支えているように見える。

 昭和天皇が「国家を守るために戦争を終わらせた」指導者であったとすれば、現時点でプーチン氏は「体制を守るために国家を削り続ける」指導者ということになろうか。この対比は、ロシアの継戦能力の真相を読み解くための最も重要な視座となる。