戦前のスパイ対策法

　戦前のスパイ対策に関連する法律には刑法、軍機保護法および国防保安法がある。これらについて簡単に条文等を紹介する。

（1）刑法

　日本で最初の近代刑法といわれる旧刑法（明治13年太政官布告第36号）の第131条第1項では、「本国及ヒ同盟国ノ軍情機密ヲ敵国ニ漏泄シ若クハ兵隊屯集ノ要地又ハ道路ノ険夷ヲ敵国ニ通知シタル者ハ無期流刑ニ処ス」と規定し、同条第2項では「敵国ノ間諜ヲ誘導シテ本国管内ニ入ラシメ若クハ之ヲ蔵匿シタル者亦同シ」と規定していた。

　明治40年に制定された現行刑法には、外患誘致、外患援助、通謀利敵、未遂、予備陰謀、戰時同盟國ニ対スル行爲など外患に関する罪が定められている。

　現行刑法は、昭和22年に大幅に改正された。新旧条文の比較は次のとおりである。

　上段は旧条文（1947年の改正前）、下段は現刑法の条文である。

①第81条［外患誘致］ 外國ニ通謀シテ帝國ニ對シ戰端ヲ開カシメ又ハ敵國ニ與シテ帝國ニ抗敵シタル者ハ死刑ニ處ス

第81条［外患誘致］ 外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する。

②第82条［外患援助］ 要塞、陣營、軍隊、艦船其他軍用ニ供スル場所又ハ建造物ヲ敵國ニ交附シタル者ハ死刑ニ處ス

　兵器、彈藥其他軍用ニ供スル物ヲ敵國ニ交附シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ處ス

第82条［外患援助］日本国に対して外国から武力の行使があったときに、これに加担して、その軍務に服し、その他これに軍事上の利益を与えた者は、死刑又は無期若しくは二年以上の拘禁刑に処する。

③第83条［通謀利敵］ 敵國ヲ利スル爲、要塞、陣營、艦船、兵器、彈藥、汽車、電車、鐵道、電線其他軍用ニ供スル場所又ハ物ヲ損壊シ若クハ使用スルコト能ハサルニ至ラシメタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ處ス

第83条　削除

④第84条［同前］ 帝國ノ軍用ニ供セサル兵器、彈藥其他直接ニ戰闘ノ用ニ供ス可キ物ヲ敵國ニ交附シタル者ハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ處ス

第84条　削除

⑤第85条［同前］ 敵國ノ爲メニ間諜ヲ爲シ又ハ敵國ノ間諜ヲ幇助シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ五年以上ノ懲役ニ處ス

軍事上ノ機密ヲ敵國ニ漏泄シタル者亦同シ

第85条　削除

⑥第86条［同前］ 前條ニ記載シタル以外ノ方法ヲ以テ敵國ニ軍事上ノ利益ヲ與ヘ又ハ帝國ノ軍事上ノ利益ヲ害シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ處ス

第86条　削除

⑦第87条［未遂］ 第八十一条及び第八十二条の罪の未遂は、罰する。

第87条［未遂］ 第八十一条及び第八十二条の罪の未遂は、罰する。

⑧第88条［外患予備・陰謀］ 第八十一條乃至八十六條ニ記載シタル罪ノ豫備又ハ陰謀ヲ爲シタル者ハ一年以上十年以下ノ懲役ニ處ス

第88条［外患予備・陰謀］第八十一条又は第八十二条の罪の予備又は陰謀をした者は、一年以上十年以下の拘禁刑に処する。

⑨第89条［戰時同盟國ニ対スル行爲］ 本章ノ規定ハ戰時同盟國ニ對スル行爲ニ亦之ヲ適用ス

第89条 削除

　日本の刑法は属地主義を原則としている。これは、日本国内で発生した犯罪であれば、行為者の国籍（日本人か外国人か）を問わず、日本の刑法が適用されるという原則である。　

（2）軍機保護法

　1899年（明治32）に制定された軍機保護法は、1937年（昭和12年）の盧溝橋事件が起こった翌月に改正されている。改正軍機保護法の条文（第1条から第5条のみ）は次のとおりである。

①第一条　本法ニ於テ軍事上ノ秘密ト称スルハ作戦、用兵、動員、出師其ノ他軍事上秘密ヲ要スル事項又ハ図書物件ヲ謂フ

前項ノ事項又ハ図書物件ノ種類範囲ハ陸軍大臣又ハ海軍大臣命令ヲ以テ之ヲ定ム

②第二条　軍事上ノ秘密ヲ探知シ又ハ収集シタル者ハ六月以上十年以下ノ懲役ニ処ス

2　軍事上ノ秘密ヲ公ニスル目的ヲ以テ又ハ之ヲ外国若ハ外国ノ為ニ行動スル者ニ漏泄スル目的ヲ以テ前項ニ規定スル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ処ス

③第三条　業務ニ因リ軍事上ノ秘密ヲ知得シ又ハ領有シタル者之ヲ他人ニ漏泄シタルトキハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ処ス

2　業務ニ因リ軍事上ノ秘密ヲ知得シ又ハ領有シタル者之ヲ公ニシ又ハ外国若ハ外国ノ為ニ行動スル者ニ漏泄シタルトキハ死刑又ハ無期若ハ四年以上ノ懲役ニ処ス

④第四条　軍事上ノ秘密ヲ探知シ又ハ収集シタル者之ヲ他人ニ漏泄シタルトキハ無期又ハ二年以上ノ懲役ニ処ス

2　軍事上ノ秘密ヲ探知シ又ハ収集シタル者之ヲ公ニシ又ハ外国若ハ外国ノ為ニ行動スル者ニ漏泄シタルトキハ死刑又ハ無期若ハ三年以上ノ懲役ニ処ス

⑤第五条　偶然ノ原由ニ因リ軍事上ノ秘密ヲ知得シ又ハ領有シタル者之ヲ他人ニ漏泄シタルトキハ六月以上十年以下ノ懲役ニ処ス

　この法律は、軍事上の秘密の探知、収集、漏洩などを罰するもので、特定の人々だけでなく、軍人、軍属を問わず、一般国民、メディア、外国人を含むすべての人々が対象となっていた。

　第4条において、軍事上の秘密を外国等へ漏泄した時の最高刑は死刑である。

（3）国防保安法

　大東亜戦争（太平洋戦争）の半年前の1941年（昭和16年）5月に施行された国防保安法の条文（第1条から第8条のみ）は次のとおりである。

①第一条　本法ニ於テ国家機密トハ国防上外国ニ対シ秘匿スルコトヲ要スル外交、財政、経済其ノ他ニ関スル重要ナル国務ニ係ル事項ニシテ左ノ各号ノ一ニ該当スルモノ及之ヲ表示スル図書物件ヲ謂フ

一　御前会議、枢密院会議、閣議又ハ之ニ準ズベキ会議ニ付セラレタル事項及其ノ会議ノ議事

二　帝国議会ノ秘密会議ニ付セラレタル事項及其ノ会議ノ議事

三　前二号ノ会議ニ付スル為準備シタル事項其ノ他行政各部ノ重要ナル機密事項

②第二条　本章ノ罰則ハ何人ヲ問ハズ本法施行地外ニ於テ罪ヲ犯シタル者ニ付亦之ヲ適用ス

③第三条　業務ニ因リ国家機密ヲ知得シ又ハ領有シタル者之ヲ外国(外国ノ為ニ行動スル者及外国人ヲ含ム以下同ジ)ニ漏泄シ又ハ公ニシタルトキハ死刑又ハ無期若ハ三年以上ノ懲役ニ処ス

④第四条　外国ニ漏泄シ又ハ公ニスル目的ヲ以テ国家機密ヲ探知シ又ハ収集シタル者ハ一年以上ノ有期懲役ニ処ス

2　前項ノ目的ヲ以テ国家機密ヲ探知シ又ハ収集シタル者之ヲ外国ニ漏泄シ又ハ公ニシタルトキハ死刑又ハ無期若ハ三年以上ノ懲役ニ処ス

⑤第五条　前二条ニ規定スル原由以外ノ原由ニ因リ国家機密ヲ知得シ又ハ領有シタル者之ヲ外国ニ漏泄シ又ハ公ニシタルトキハ無期又ハ一年以上ノ懲役ニ処ス

⑥第六条　業務ニ因リ国家機密ヲ知得シ又ハ領有シタル者之ヲ他人ニ漏泄シタルトキハ五年以下ノ懲役又ハ五千円以下ノ罰金ニ処ス

⑦第七条　業務ニ因リ国家機密ヲ知得シ又ハ領有シタル者過失ニ因リ之ヲ外国ニ漏泄シ又ハ公ニシタルトキハ三年以下ノ禁錮又ハ三千円以下ノ罰金ニ処ス

⑧第八条　国防上ノ利益ヲ害スベキ用途ニ供スル目的ヲ以テ又ハ其ノ用途ニ供セラルル虞アルコトヲ知リテ外国ニ通報スル目的ヲ以テ外交、財政、経済其ノ他ニ関スル情報ヲ探知シ又ハ収集シタル者ハ十年以下ノ懲役ニ処ス

　この法律は、軍事、外交、財政、経済などに関する国家機密並びに御前会議、枢密院会議及び閣議に付せられた事項及びその会議の議事の漏洩、探知、収集を処罰対象とし、外国への漏洩した時の最高刑は死刑である。