あるべきスパイ防止法に関する筆者の私見

(1)スパイ防止法の必要性

 国家の外交政策、防衛政策等の立案・遂行の前提条件は相手国の国情を知ることである。すなわち「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」ということである。

 このため、外国の諜報機関はこのような秘匿あるいは保護された情報に惹きつけられる。

 外交、防衛および経済等の重要政策に関する情報の漏洩は国家の安全保障や経済的利益等に損害を与える。

 また、最先端技術等の企業秘密の漏洩は相手国の軍事戦闘能力を短期間で増強するとともに相手国の経済的競争力を強化し、ひいては自国の国防力と経済力の相対的弱体化を招くことになる。

 さらに、スパイ防止法の必要性は上記の実質的な利害のほかに以下のような様々な側面がある。

 1つ目は、スパイ防止法の制定は世界の常識である。

 諸外国では、インテリジェンス活動は政府の通常の機能であると考えられており、行政機関の1つとしてインテリジェンス組織を保有し、そして、国内外で合法及び非合法のインテリジェンス活動を行っている。

 国外におけるインテリジェンス活動の一つがスパイ活動である。スパイ活動を防止するための法的手段を整備することは国際社会の常識である。

 2つ目は、スパイ行為に対する抑止力である。

 外国から日本は「スパイ天国」であると侮られるようでは、スパイをのさばらせることになるであろう。これは主権国家の威信にかかわる問題である。

 3つ目は、諸外国からの信頼の獲得である。

 軍事情報の交換や国際共同開発・生産が進展する中で、諸外国の信頼を得るためには現行の分かりにくい個別法での対処でなく、包括的なスパイ防止法が不可欠である。

(2)スパイ防止法の制定に際しての考慮事項

 スパイ対策は防諜活動の一部である。

 防諜活動には国内と国外の活動がある。国外活動においてその存在を看破し、その目的・技術等を知得することが肝要である。

 我が国では国外での諜報・防諜活動がオーソライズされていない。スパイ防止法の制定努力と併行してこのような状況の改善が必要である。

 また、我が国では、行政的通信傍受が合法化されていない。スパイは多くの場合、隠密に行動する。時には地下にもぐり活動する。

 このように隠密に行動するスパイを探知する有効な手段の一つが通信傍受(電気通信による通話の傍受、手紙や電子メールの開封)である。

 行政的傍受とは犯罪が起きる前に行政機関が行う通信傍受である。

 日本で許されているのは既遂の犯罪捜査の一環として裁判所の令状を受ける司法的通信傍受だけである。早急に、行政的通信傍受を合法化すべきである。

 また、外国人従業員が増大する中、産業スパイ防止法の制定が不可欠である。スパイ防止法よりは国民の理解は得やすいであろう。

 現在は、不正競争防止法と外為法が産業スパイ対策の根拠法となっているが、複雑で分かりにくい。

 1本の産業スパイ防止法に集約すべきである。参考になるのが米国の「1996年経済スパイ防止法(Economic Espionage Act of 1996)」である。

 また、最近のスパイ活動は、コンピューター・ネットワークを利用したサイバー攻撃による情報窃取へと移行している。すなわちサイバー・スパイ活動である。

 2020年に米国政府が、「人民解放軍のハッカーが日本の防衛省および外務省の機密情報を扱うネットワークに深く、持続的にアクセスをしていた」ことを日本政府に警告した。

 その当時、元米国国家情報長官のデニス・ブレア氏は、「日本のサイバー防衛の実力はマイナーリーグだ。その中で最低の1Aだ」と評した。

 その後、日本のサイバー防衛の実力は向上しているであろうか。

 伝統的なスパイ活動への対処とともにサイバー・スパイ活動への対処も喫緊の課題である。

 最後に、スパイ防止法に対する国民の理解を得るためには、スパイ対策を監視するシステムを同時に提示しなければならない。

 英国ではインテリジェンス活動を、閣僚による監視(情報に関する閣僚委員会)、議会による監視(情報委員会)、および司法による監視(コミッショナー制度、調査権限審判所)により多元的に監視するシステムを構築している。

 これなどを参考にすべきであろう。