UAEの仲介によりアブダビで行われた米国・ロシア・ウクライナ政府高官による協議(写真は1月23日のもの、提供:UAE Presidential Court/ロイター/アフロ)
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 2月6日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ウクライナ戦争の停戦に関し、米国から「2026年6月までに合意を求める」という具体的な期限を提示されていたと述べた。

 米国はこの工程表をロシアにも示し、停戦交渉を米国内で継続する姿勢を明確にしている。

 2月5日にアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビで行われた米国・ロシア・ウクライナの高官が参加した協議では捕虜交換こそ進んだが、領土問題や安全保障の枠組みといった核心は依然として膠着したままだ。

 つまり、この協議が目指す停戦とは「合意の瞬間」ではなく、米国・ロシア・ウクライナの力関係がむき出しのまま再配置されていく過程であり、欧州の安全保障地図はすでに静かに書き換わり始めている。

 この停戦期限の提示は、単なる外交日程ではない。欧州の勢力圏がどこで凍りつき、どこに新たな境界線が引かれるのか――。その分岐点が、すでに動き始めているということだ。

停戦は終わりではなく固定化の始まり

ウクライナ停戦後の欧州安全保障地図

 ウクライナ戦争は、遅かれ早かれ停戦に向かう公算が大きい。しかし、その瞬間に訪れるのは「平和」ではない。

 むしろ、欧州の地政学はそこで初めて、「勢力圏の再固定」という新たな段階に入るとみられる。

 ロシアが保持する占領地、北大西洋条約機構(NATO)の新防衛ライン、米国の関与縮小、EU内部の分裂、中国の静かな浸透――。これらが複雑に絡み合い、冷戦後30年続いた秩序は完全に書き換えられる。

 停戦とは終わりではなく、欧州に新しい「鉄のカーテン」が引かれる始まりなのだ。

停戦とは勢力圏の「凍結」である

 停戦は戦争の停止を意味しても、政治的・軍事的対立の終結を意味しない。むしろ、戦争によって生じた力の配置が固定化される瞬間である。

 ロシアが実効支配する地域、ウクライナが保持する領域、そしてNATOがどこまで前進し、どこで「均衡」し、最終的にどこで「凍りつく」のか――。

 これらが停戦ラインとして地図上に刻まれれば、それは新たな勢力圏の境界線となる。

 この境界線は旧冷戦期のようにイデオロギーで分断されたものではない。しかし、そこにはロシアとNATOが「何を脅威とみなすか」という根本的な違いが横たわる。

 ロシアは「NATOが迫ってくる」と感じ、NATOは「ロシアが再び勢力圏を広げようとしている」と感じる。

 同じ現実を見ていても、両者の脅威認識は交わらない。この「恐怖のすれ違い」こそが、停戦後の欧州に旧冷戦とは異なる「新たな鉄のカーテン」を築いていく。

 旧冷戦の「鉄のカーテン」との違い

 冷戦期の鉄のカーテンは、資本主義 vs 共産主義という明確な二極構造が生んだ境界線だった。だが、今回の「新たな鉄のカーテン」は性質が全く異なる。

● 旧冷戦

 旧冷戦では、資本主義と共産主義という2つの体制が正面から対立し、世界は明確な二極構造へと分断された。体制の違いそのものが境界線を生み、国際秩序は「陣営」という枠組みで固定されていた。

● 新たな鉄のカーテン

 停戦後の欧州では、「何を脅威とみなすか」という根本認識が地域ごとに乖離する。

 安全保障環境は多極化し、不均衡で不安定なものとなり、「ロシアを脅威とみなす国」と「そうでない国」の分裂が鮮明になる。

 さらに、NATOの東方拡大とロシアの勢力圏主張が正面から衝突し、緊張は構造的に固定されていく。

 つまり今回の停戦が生むのは、体制の壁ではなく、「脅威認識の壁」である。この壁は旧冷戦よりも扱いが難しい。

 価値観の違いではなく、各国が安全保障をどう計算するかが根本から異なるため、欧州内部で足並みが揃わないからだ。

 「戦争は終わったが、平和は来ていない」という状態の永続化

 停戦後の欧州は、「戦争は止まったが、平和は訪れていない」という状態に入る。

 ロシアは軍事力を温存し、状況次第では再侵攻の選択肢を残し、ウクライナはNATOとの連携を強めながら軍事国家化を進める。

 NATOは東側に兵力を恒常展開し、ロシアもそれに対抗して軍備を固め、欧州内部では「対ロ強硬派」と「対話派」の分断がいっそう深まっていく。

 つまり停戦とは「平和の到来」ではなく、長期的な緊張がそのまま固定されることを意味する。この「緊張の固定化」こそが、停戦後の欧州安全保障地図を書き換える原動力となる。