共通の敵を失い脅威認識が四分五裂する欧州
停戦は、欧州に新たな問題を突きつける。それは、欧州が長年共有してきた「共通の脅威」が曖昧になるということだ。
ウクライナ戦争中、欧州は「ロシアの侵略」という明確な脅威を共有していた。しかし停戦後、その共通認識は急速に薄れていく。
欧州が直面する問いは、「ロシアが脅威か?」ではなく、「欧州は誰から守られるべきか?」という、より根源的で、より答えの出ない問いへと変わる。
この問いに対する答えは、地域ごとに大きく異なる。
北欧・バルト三国・ポーランド:ロシアこそ最大の脅威
ロシアと国境を接する国々にとって、停戦は「脅威の一時停止」にすぎない。ロシアは再侵攻の選択肢を残し続け、NATOの抑止力こそが彼らの生命線となっている。
ゆえに軍事費の増額と徴兵制の強化は止まらず、国家総力戦体制に近い緊張が続く。彼らにとってロシアは永続的な脅威であり、停戦とは「次の戦争までの休止期間」にすぎないのである。
ドイツ:経済安定と対ロエネルギー・対中貿易の板挟み
ドイツは欧州最大の経済大国でありながら、安全保障では常に「板挟み」にある。ロシアへのエネルギー依存の後遺症を抱え、中国市場への深い依存からも抜け出せず、対ロ・対中・対米の間で揺れ続けている。
さらに国内政治は、対ロ強硬を掲げる緑の党と、対ロ融和的で移民・EU・経済不安を脅威とみなすAfDとの対立によって鋭く分裂している。
この割れ方は、「ロシアを脅威とみなすのか、それとも経済不安や移民問題を脅威とみなすのか」という根本的な認識の違いに直結しており、ドイツは欧州の中でも特に、脅威認識が国内政治の分裂と密接に結びつく国となっている。
南欧(イタリア・スペイン・ギリシャなど):ロシアよりも、経済・移民・中国依存が主テーマ
南欧にとって、ロシアは地理的にも心理的にも遠い存在である。
経済危機の再燃、移民問題、中国投資への依存といった課題こそが安全保障の中心であり、ロシアは「優先順位の低い脅威」にすぎない。
そのため、北欧や東欧とは脅威認識が大きく異なり、停戦後の欧州で最も分断が深まる地域の一つとなる。
フランス:ロシアよりも「欧州の自立」「主権回帰」が主題
フランスは伝統的に、「欧州は欧州自身で守るべきだ」という立場を取ってきた。NATO依存からの脱却を志向し、欧州防衛の独自路線を追求し、米国への過度な依存に警戒を示す姿勢は一貫している。
フランスにとっての脅威はロシアそのものではなく、むしろ欧州が主体性を失い、戦略的自立を放棄してしまうことである。
結論:欧州は「誰から守られるべきか」という共通解を失う
停戦後の欧州では、脅威認識が地域ごとに完全に分裂する。
北欧・バルト三国・ポーランドはロシアを最大の脅威とみなし、ドイツは経済安定を最優先し、南欧は移民・経済・中国依存を主要課題とし、フランスは欧州の自立こそを主題に据える。
もはや欧州には「欧州は誰から守られるべきか」という問いに共通の答えは存在せず、この「脅威認識の分裂」こそが、停戦後の欧州で勢力圏の「再固定」をバラバラな方向へと進める原動力となる。