2.アジア太平洋地域の多国間安保協力の取り組み

 本項は一般社団法人平和政策研究所国際情勢のマンスリーリポート「重層化する多国間安保協力の枠組みと日本の役割」(2024年6月27日)を参考にしている。

(1)多国間安保協力に後ろ向きだったアジア・太平洋地域

 アジア・太平洋地域では、これまで多国間で政治・安全保障上の対話や協力を行う慣行や経験がほとんどなかった。

 それは、この地域の多様性と深い関連がある。

 アジアでは様々な人種、民族、言語、文化、風習、政治体制、宗教等が混在し、域内の共通項が少ない。発展段階の相違や格差も大きい。

 また域内には海洋国家もあれば大陸国家もあり、大陸国を中心としたヨ−ロッパ世界とは置かれた地政的戦略的環境が著しく異なるばかりか、華夷秩序という縦の国家関係が長らく支配したため、ヨ−ロッパのように対等な横の関係を前提とした国家間協力の枠組みは育たず、明確で一元化された対象脅威も不在であった。

 そのうえ冷戦後の今日も、朝鮮半島の分裂、社会主義国家ベトナムの存在等いまだにアジアでは冷戦対立の構造が生き残ったままである。

 そのため、アジア地域では欧州連合(EU)のような国家連合的な政治共同体や、NATOのごとく多国間による集団防衛的な安全保障機構は発達を見なかった。

 それに代わり、この地域の政治・安全保障の要となったのは、域外国ではありながらも冷戦の一方の主役である米国とアジア各国がそれぞれ別途個別に締結した二国間の安全保障の取り決めであった。

 米国を軸として域内各国が個別に米国とつながり、そうした二国間安保体制の積み重ねによってアジア全域の平和と安定を維持する構造である。

 この枠組みは、一般に「ハブ・スポークス」の関係と称される。

(2)ハブ・スポークスからメッシュ型の安保協力へ

 冷戦期と同様、冷戦終焉直後、米国はアジア・太平洋地域に多国間安全保障協力の枠組みを構築することには消極的であった。

 1990年に報告された「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み」でも、この地域における米国の安全保障政策は、同盟国および友好国に前方展開する米軍のプレゼンスと受入れ諸国の協力というハブ・スポークス関係を軸とする意向が示された。

 米国が二国間主義(bilateralism)を重視し、多国間主義(multilateralism) ないし多国間の安全保障協力に懐疑的であったのは、二国間対話の方が米国が主導権を握りやすいことに加え、多国間の枠組みが既存の同盟関係に悪影響を及ぼすことへの懸念や海軍軍縮に関心が集まることへの不安があったためと言われる。

 しかし、そうした問題が特段表面化することはなかった。

 そして何よりも予想以上のスピードで中国の軍備増強が進む事態が、多国間の安保協力、すなわちメッシュ型の安保協力に肯定的な姿勢を取らせる契機になった。