懸念される中国の猛反発、中国との紛争に巻き込まれる危険性も

 アジア版NATOの創設には、中国の猛烈な反発が予想されるため、石破氏が構想するような、アジア太平洋の主要な民主主義国家がこぞって参画する強力な軍事同盟が果たして本当に誕生できるのかどうか、懐疑的な意見は多い。

 例えば本家のNATOの場合、全加盟国が「旧ソ連/ロシアが脅威」という共通認識を持っているが、一方のアジア版NATOへの加盟が想定される国々には、中国に対する脅威度がまちまちで温度差があり、「こうした状況ではアメリカの支持は難しい」と一部報道で分析されている。

 中国に対するデカップリング(経済の分断/国や地域間の投資や通商を規制で阻害し、連動させない動きのこと)も模索するアメリカではあるが、それでもアメリカにとって中国は貿易相手国の上位で、両国の関係が急速に悪化するのは国益上マイナスと考え、難色を示す可能性は十分ある。

 フランスなども同様で、地続きで「すぐそこにある脅威」のロシアとは違い、中国は遠方で軍事的脅威はそれほど感じていないだろう。

 一方、クアッドの一翼を占めるインドも微妙な立ち位置で難しい。インドはロシアと中国が主導する安全保障関連の国家連合「上海協力機構」(SCO)にも加盟するため、仮にアジア版NATOへの加盟となれば、利益相反の状態に陥る恐れがある。

 同様の事例として、NATO加盟国のトルコが近年SCO加盟に意欲的という事実が浮上しているが、いずれにせよ悩ましい問題ではある。

 さらに、インドは中国やパキスタンと長年にわたり紛争状態にあり、特に2022年に中国との間で比較的大きな軍事衝突を起こし、双方に多くの死傷者が出ている。

 逆説的になるが、中国への抑止力として期待するアジア版NATOに、現在中国と紛争中のインドを迎えた結果、加盟国は中国との戦いに自動的に巻き込まれてしまうという本末転倒に陥る危険性も非常に高い。紛争を抱えた国との軍事同盟締結には臨まない、というのが国際的な常識である。

 大戦終戦直後の1950年代初期に旧ソ連や共産主義の中華人民共和国の台頭に脅威を感じたアメリカは、アジア版NATOと酷似の反共軍事同盟「太平洋集団安全保障」を構想し、日米豪加、ニュージーランド、フィリピン、韓国、台湾の加盟を想定していた。

 結局、韓国や台湾、フィリピンが軍事独裁政権で政治的に不安定な点などが敬遠され雲散霧消している。

 石破氏が目指すアジア版NATO構想がすんなり進むとは考えにくく、特に足元でうごめく霞が関や永田町の「親中派」による抵抗も十分予想される。

 いずれにせよ石破新首相は、来たるべき衆院選という「大きな戦い」に勝利し政権維持を果たさなければならないが、苦戦も予想される。果たして日本の「安全保障大改革」の第1幕は開くのだろうか。

【深川孝行(ふかがわ・たかゆき)】
昭和37(1962)年9月生まれ、東京下町生まれ、下町育ち。法政大学文学部地理学科卒業後、防衛関連雑誌編集記者を経て、ビジネス雑誌記者(運輸・物流、電機・通信、テーマパーク、エネルギー業界を担当)。副編集長を経験した後、防衛関連雑誌編集長、経済雑誌編集長などを歴任した後、フリーに。現在複数のWebマガジンで国際情勢、安全保障、軍事、エネルギー、物流関連の記事を執筆するほか、ミリタリー誌「丸」(潮書房光人新社)でも連載。2000年に日本大学生産工学部で国際法の非常勤講師。著書に『20世紀の戦争』(朝日ソノラマ/共著)、『データベース戦争の研究Ⅰ/Ⅱ』『湾岸戦争』(以上潮書房光人新社/共著)、『自衛隊のことがマンガで3時間でわかる本』(明日香出版)などがある。