(英エコノミスト誌 2025年3月22日号)

習近平は何かを得るために何かを失うことも必要かもしれない。
「あれは中国に与えたのではない。パナマに与えたのであり、今度はそれを取り戻す」
米国の投資会社ブラックロックが3月4日、パナマ運河にある2カ所の港を香港の港湾運営会社、長江和記実業(CKハチソンホールディングス)から買収すると発表した直後、ドナルド・トランプ米大統領はこう述べた。
世界23カ国の計43カ所の港が対象となる取引の発端と規模を考えると、中国の最初の反応は驚くほど抑制されたものだった。
それから2週間経つと、中国が不満を抱いているしるしがはっきりしてきた。中国当局による規制強化の兆しも明らかになってきた。
どちらもトランプ氏の抑止にはなりそうにない。ここ数日、米国からパナマの運河へのアクセスを確保する軍事オプションを用意するよう大統領が国防総省に命じたと報じられている。
多くの関係者にとって、問題は今、中国のグローバルな港湾ネットワークをほぼ半分に縮小させ、世界の海運業の再編を招く可能性を秘めた総額230億ドルの取引に中国がどの程度抵抗するつもりがあるかだ。
習近平の深謀遠慮
当初の反応より強い異議が唱えられる最初の兆候が現れたのは、3月13日、中国政府内に設けられた香港を監督する部署「香港マカオ事務弁公室」のウエブサイトが、取引を痛烈に批判する論説記事を転載した時のことだ。
記事の出所は親中派の香港紙「大公報」で、この取引は「卑屈」で「すべての中国人を裏切る」ものだと断じていた。
そして関係企業は「自分たちがどちらの側に付いているのか考える」べきだと付け加え、この取引が中国の海運業や世界インフラ整備計画「一帯一路」に打撃をもたらす恐れもあると警鐘を鳴らした。
中国政府が批判のボリュームを上げたことは、お墨付きを与えたことを示唆していた。
3月18日には香港の李家超行政長官が、公的部門の懸念は「真剣な注目」に値すると発言してだめを押した。
続いて米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が、習近平国家主席は今回の取引に腹を立てていると報じ、ブルームバーグ通信も、この取引が安全保障や独占禁止に関連する法令に違反していないかどうかを中国本土の政府機関が調査していると伝えた。
しかし、中国中央政府のプロパガンダ機関や省庁は、今回の取引を直接的には非難していない。
週末にパナマを訪れた中国の代表団も目立たないように行動しており、習氏が取りうる選択肢をまだ吟味している最中であることがうかがえた。
習氏の側近らは、ソーシャルメディアにあふれ出た中国国民の怒りをCKハチソンとそのオーナーである李嘉誠氏に向かわせようとしている。
李氏には、本土に所有していた不動産を10年以上前に売却し始めたせいで中国の指導者層から疎まれた経緯がある。
中国当局は、今回の取引(CKハチソンが香港と中国本土に保有する港湾10カ所は除く)の阻止を公式の規制機関に命じていない模様だ。
CKハチソンもこの取引は「純粋に商業的なもの」だと述べている。
非公式的には、CKハチソンの取締役会や、米国人による領土内の港湾事業買収の適否を判断しなければならない政府に対し、中国が圧力をかける方法はいくつもある。
そのような政府のなかにはパキスタンやミャンマーなど、米国よりも中国の方に友好的な国もある。