(英エコノミスト誌 2025年3月22日号)

エア・フォース・ワンに乗り込むために歩くトランプ大統領(3月21日、写真:ロイター/アフロ)

ドナルド・トランプは判事の手から小槌を奪おうとしている。

 法的な論拠はもとより、常識に基づく論拠も大して残っていなかったのかもしれない。

 それでもトランプ政権が3月半ば、裁判所命令は書面ではなく口頭でなされたため、政権は命令を無視できると主張した時には、少なくとも裁判所を尊重する「ふり」が見られた(ホワイトハウスの職員へ忠告しておくと、大統領本人にこの言い訳を使おうとしない方がいい)。

 だが3月18日になると、ドナルド・トランプ大統領はソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の「トゥルース・ソーシャル」に当の裁判官を「弾劾すべきだ!!!」と書き込み、多少繕っていた体裁を捨て去った。

政権が裁判所命令を無視、「憲政上の危機」のサスペンス

 米国の大統領が合衆国憲法の限界を試すことは過去にもあったが、トランプ氏はSNSに書き込んだこの要求によって新たな一線を越えた。

 連邦最高裁判所のジョン・ロバーツ長官(首席判事)から引き出した異例の批判の最初の5語がその証拠だ。

「For more than two centuries(2世紀以上前から)、司法の判断に異議を唱える手法として弾劾は適切ではないとの見解が確立している」と長官は指摘した。そして、上訴という手続きはそのためにあると付け加えた。

 トランプ氏が立腹しているのは、首都ワシントンの連邦地方裁判所のジェームズ・ボースバーグ判事が数回の強制送還を一時差し止めたうえで、政権が送還の根拠としている1798年敵性外国人法が適用できるかどうかを検討すると判断したためだ。

 ボースバーグ判事は3月15日、移民を乗せてエルサルバドルの収容所に向かう飛行機に引き返すよう命じたが、飛行機はそのまま目的地まで飛び続けた。

 ホワイトハウスは、この飛行機で移送した200人あまりはベネズエラのギャング「トレン・デ・アラグア」のメンバーだと主張している。氏名や罪状は明らかにしておらず、送還の前に聴聞は行われなかったようだ。

 ボースバーグ判事弾劾の試み――すでに数人の共和党下院議員が支持を表明している――に加え、トランプ政権は同判事の命令にも異議を唱え、同判事をこの件の担当から外すよう求めている。

 だが、政権はこれ以降、敵性外国人法に基づく不法入国者の送還は見送っている。

 そのため「トランプはやるのかやらないのか」というサスペンスに満ちたドラマが続き、米国民は自分たちが「憲政上の危機」に陥っているのではないかと日々自問している。

多くの判事が大統領令に「待った」

 前例や、恐らく合衆国憲法によって議会や州に付与されている権限をトランプ氏が行使しているために、非常に多くの判事が大統領の施策を少なくとも一時的に阻止している。

 例えば、米国で産まれた子供が自動的に市民権を得る権利の制限、米国にやって来た難民の受け入れ停止、トランスジェンダーの若者に医療を提供する医療機関への連邦政府支援の停止、労働争議に対処する連邦委員会のメンバー解任といった施策に待ったをかけている。

 トランプ政権はそれぞれについて異議を申し立てているが、命令には従っており、数万人の連邦政府職員を復職させよという判事の指示にも従っている。

 しかしトランプ氏は、そうした制止の「文書」には従いつつも、その背後にある「精神」には抗い続けている。

 例えば、政敵と見なす法律事務所とそのすべての顧客が連邦政府と契約を結べないようにする大統領令を出したところ、3月12日に連邦裁判所に阻止された。

 その2日後、トランプ氏は別の法律事務所に対して同じような命令を発した。

 どうやら法律事務所が自分たちを訴えないように怖じ気づかせ、政権の権力掌握を加速させる意図があるように思える。いずれにしても、そのような効果をもたらしている。

 ボースバーグ判事の弾劾を要求しているにもかかわらず、トランプ氏は裁判所が下す判断には従うと言い続けている。

「私が決断することではない――裁判所次第だろう」

 前大統領が決めた恩赦を無視するために過去の大統領が誰ひとり主張したことのない権限を振るおうとした後、報道陣にそう語った。

 また3月14日に司法省で行ったいかにも不満げな演説では、連邦裁判所の判事への批判は「違法にすべきであり、恐らくやり方によっては違法だ」と述べた。

(ただし、自分が口にする批判は、この演説の中で展開しているものでさえ除外されるようだ)