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(英エコノミスト誌 2025年3月8日号)

政府活動報告を行う李強首相(3月5日、写真:AP/アフロ)

最重要課題は貿易戦争の勝利、デフレの克服、科学の振興だ。

 世界の2大超大国で続けざまに施政方針演説が行われることは、そう多くない。だが、日程調整の気まぐれと時差の魔法のおかげで、先日それが実現した。

 中国の李強首相は3月5日、国政の形式的な承認機関である全国人民代表大会(全人代)で政府活動報告を行った。

 するとその数分後、米国のドナルド・トランプ大統領が首都ワシントンでの連邦議会上下院合同会議で熱弁を振るい始めた。

 まさに対照的だった両者の演説は示唆に富んでいた。

米中の演説の好対照、決定的な違いは慎重さ

 大言壮語と怒りに満ちたトランプ氏の演説には、ある下院議員からヤジが飛んだ。この議員は議場に「ふさわしい礼節を欠いた」との理由で退場させられた。

 議場では「USA、USA、USA!」「ファイト、ファイト、ファイト!」「ナナナーナ、ナナナーナ、ヘイヘーイ、グッバイ!」といったかけ声が上がり、演説が中断される場面もあった。

 李氏の演説ではそういったことは全くなかった。

 聴衆――北京の天安門広場を見下ろす人民大会堂に集められた代表者3000人――は集中しているように見えるよう努めていた。お茶が静かにすすられ、ふさわしい礼節が守られていた。

 李氏が話したことの大半は型どおりの予測可能なものだった。上司である習近平国家主席を恭しく称えるところもいつも通りだ。

 だが、陳腐で使い古された文章が続くなかで、李氏が明らかにした財政の数字からは厳しい状況に置かれている中国政府の考えを垣間見ることができた。

 中国経済は今、長引く不動産不況、慢性的なデフレ、そして激しさを増す貿易戦争に直面している。

 政府の対応にはトランプ氏に欠けているものが、すなわち「慎重さ」が過剰なほど盛り込まれている。

重点活動任務の柱、消費に32回言及

 李首相は活動報告のなかで、経済成長率の公式目標が昨年と同じ約5%であることを明らかにした。

 向こう1年間の「重点活動任務」10項目も2024年と変わりのない内容だった。産業の現代化、テクノロジーの自立、内需の拡大が目を引いた。

 だが、昨年には3番目に重視されていた内需の刺激が、今年は1番目に格上げされている。

 実際、李氏は今回の報告で「消費」という言葉を32回口にして記録を塗り替えた。これまでのピーク(演説の長さを考慮したベース)は2009年の26回だった。

 世界金融危機に見舞われ、中国政府が支出を喚起しようとしていた時のことだ。

 中国政府は当時と同様に、新型コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖)から立ち直れずにいる消費マインドを回復させたがっている。なかなか底打ちしない不動産市場を安定させたいとも思っている。

 住宅を所有している国民は、マイホームの価値が今後も維持されると確信できなくなっており、住宅の代金を前払いした国民は、マイホームが建設されることすら確信できなくなっている。

 需要が盛り上がらず、物価が数カ月も下落していることにはこうした不安が寄与している。

 米国との貿易戦争も追い風にならない。中国に10%の関税を先月課したトランプ氏は、李氏の演説の前日に10%の関税を上乗せした。

 オーストラリアの大手銀行マッコーリーに籍を置くラリー・ヒュー氏によれば、以前からの関税と足し合わせれば、中国から米国への輸出品は平均で約34%の関税に直面する計算になる。

 中国政府はこの追加関税にすぐに反応し、鶏肉や大豆など比較的少ない品目で米国からの輸入品に報復関税を課した。

 また、中国企業との取引が制限される恐れのある企業を集めたブラックリストに、いくつかの米国企業を追加した。

「米国が望むのが戦争であるのなら、関税戦争だろうと貿易戦争だろうと、どんな戦争であろうと、我が国は最後まで戦う用意がある」と中国外務省は表明した。