(英エコノミスト誌 2025年3月8日号)

米国大統領と現実との距離が広がっている。
ドナルド・トランプ米大統領は3月4日に連邦議会で施政方針演説を行い、バラ色の将来を描いてみせた。
それによると、アメリカン・ドリームはかつてないほど大きく、かつ素晴らしいものになりつつある。
自分が導入する関税は雇用を守り、米国をさらに豊かにし、国の魂を守るのだという。
残念ながら、現実世界の様子はそれとは異なる。
投資家にも消費者にも企業にも、トランプ氏のビジョンに幻滅している最初の兆しがうかがえる。
攻撃的で常軌を逸した保護主義を振り回すトランプ氏は危険な火遊びをしている。
同じ3月4日にはカナダやメキシコからの輸入品に25%の関税を課し、世界で最も統合されたサプライチェーンの一つに火をつけている。
(編集部注:3月6日、米国・メキシコ・カナダ協定=USMCA=対象品目については4月2日まで発動しないと発表した)
自動車の関税については遅まきながら発動を1カ月延期したものの、ほかの多くの産業は苦しむことになる。
大統領は中国からの輸入品についても関税を引き上げ、欧州連合(EU)、日本、韓国にも脅しをかけている。
こうした関税のなかには、延期されたり結局実施されなかったりするものも出てくるかもしれない。
しかし、外交関係と同様に経済においても、政策が大統領の気まぐれで定められていることが明らかになりつつある。
これは米国内外で長期的なダメージをもたらすことになるだろう。
しぼみ始めた期待
トランプ氏が昨年11月に大統領選挙で勝利した時、投資家と企業経営者は声援を送った。
S&P500種株価指数は投票日から1週間で4%近く上昇した。
新大統領は煩雑なお役所仕事を焼き払い、気前よく減税してくれると見込まれたためだ。
貿易保護主義や反移民についてのレトリックは結局実行されないだろうと投資家たちは期待していた。
株価が調整したりインフレが再燃したりすれば、大統領の最悪の性分は抑制されるに違いないと見ていた。
残念ながら、そうした期待は雲散霧消しつつある。
イーロン・マスク氏の政府効率化省(DOGE)は混乱を引き起こしてメディアに大きく取り上げられているものの、思いがけないほど大規模な規制緩和の兆しはまだほとんど見られない。
(連邦政府機関による紙製ストローの購入を禁じる大統領令は米国株式会社の最終利益にほとんど影響しない)
2月に議会を通過した予算案では、トランプ政権1期目の2017年に実施された減税を継続させているが、拡充はしていない。
それでも国の債務は数兆ドル増える。
その一方で、トランプ氏の公約によって実効関税率の平均値は、貿易量が今よりも格段に少なかった1940年代以来の高率になる。
これでは、トランプ氏が米国の目覚ましい復活について語っているにもかかわらず、市場で赤ランプが点滅しているのも無理はない。
S&P500種指数は選挙後の上昇分をほぼすべて消した。
経済成長率はまだ悪くないが、10年物米国債の利回りはここ数週間低下しており、消費マインドや中小企業の景況感の指標も悪化していることから、景気の減速が示唆されている。
インフレ予想も強まっている。トランプ氏が一連の「すばらしい新関税」について語っているせいかもしれない。