イラン北西部の都市ハマダーンで行われたデモの最中、勝利のサインを掲げるデモの参加者(2026年1月1日、写真:Abaca/アフロ)
(松本 太:一橋大学国際・公共政策大学院教授、前駐イラク大使、元駐シリア臨時代理大使)
イラン・イスラム共和国(通称イラン)は今、1979年の建国以来、最も過酷な試練の刻(とき)を迎えている。
2025年12月28日、テヘランのグランドバザール(大規模市場)で一斉に店舗のシャッターが降りた日から、わずか10日間で、抗議の火の手はイラン全土31州の内27州285カ所以上へと燃え広がった。犠牲者もすでに36人、逮捕者は2076人に及ぶという(数字はイランの人権活動NGOのHRANAより引用)。今回のイラン市民による抗議活動は、2022年の「マフサ・アミニ抗議活動」を質量ともに凌駕し、1979年にイラン・イスラム革命によって王政を廃しイスラム共和国体制を樹立して以来、イランは現体制の存続そのものを問う歴史的岐路に直面している。
奇しくも昨年(2025年)末からのイランの抗議活動の活発化は、米国のベネズエラのマドゥロ政権への攻撃とほぼ同時期に発生した。
今回の米国によるベネズエラ攻撃は、イランの体制を支える一つの足をもぎ取ったといってもよい。実は、ベネズエラへの攻撃は、イランの支援勢力(ベネズエラとイランの関係は極めて深い)を叩くという意味で、明らかに現在のイランの動乱と結び付いている。
ベネズエラのマドゥロ大統領とシリアのアフマド・アル=シャラア大統領の写真を一面に掲載したイランの新聞(2026年1月5日、写真:ロイター/アフロ)
そして今や、イスラエルのネタニヤフ政権は、5時間に及ぶ閣議の後でイランに対する攻撃の準備を改めて整えたと伝えられている。
本稿では、ソーシャルメディアを通じた最新情勢を詳細に検証しつつ、過去の抗議活動との構造的比較を通じて、今回の動乱がイランにどのような革命的変革をもたらし得るのか、その可能性と限界を分析してみたい。