ねんきん定期便に事業者負担が明記されることになった(写真:Shanti/イメージマート)

4月から厚生労働省は保険料納付の実績や老後に受け取る年金の目安を知らせる「ねんきん定期便」に、厚生年金について事業者も加入者と同額の保険料を負担している旨を記載する。作家の橘玲氏は「25年前から私はこの問題を追及してきたが、どのメディアも取り上げないことが不思議だった」と語る。同氏はさらに現役世代が「厚生年金の不都合な真実」に気づくようになったことが背景にあると分析する。どういうことか。

(湯浅大輝:フリージャーナリスト)

>>後編:頑張ったサラリーマンが搾取される社会…現役世代で社会保障制度に怒り爆発、超高齢化の次は世代内格差で社会分断

年金制度批判は「ポリコレ」に抵触?

──4月から「ねんきん定期便」に、事業者も加入者と同額の厚生年金保険料を負担していることが記載されるようになります。橘さんは以前から事業者負担が明記されていないことを問題視していました。今回の国の対応をどのように評価しますか。

橘玲氏(以下、敬称略):私は25年ほど前から、サラリーマンが納めている厚生年金保険料が国民年金に「流用」されていることを指摘してきましたが、すべての新聞・テレビがこの「国家の嘘」を黙殺し続けてきました。これが日本社会の姿だということを現役世代は肝に銘じておくべきです。

 そもそも2000年代はじめまでは、年金制度は「現役世代から高齢者への“仕送り”」で、その損得(経済的側面)を議論することすら厚労省は認めてきませんでした。「孫が祖父母に仕送りするとき、損だとか得だとか考えないだろうし、そもそもそれを口にすることさえ不謹慎だ」というわけです。

橘 玲(たちばな あきら) 1959 年生まれ。作家。2002 年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年刊行され、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30 万部を超えるベストセラーに。2006 年、『永遠の旅行者』が第19 回山本周五郎賞候補作となる。2017 年、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で新書大賞受賞。近著に『世界はなぜ地獄になるのか』、『テクノ・リバタリアン』など。

 ところが2007年の「消えた年金問題」以降、年金制度の持続可能性に対する疑問や不安の声が噴出します。現役世代の拠出で高齢者を支える賦課方式の年金はいわば「ネズミ講」で、少子高齢者で現役世代の数が減り、高齢者がとめどもなく増えていけば、いずれ破綻することは誰でもわかるからです。

 そこで仕方なく、厚労省は年金の「損得」をすべての被保険者に知らせるという“英断”を下しました。これが「ねんきん定期便」で、これまで自分が納めてきた保険料の総額と、将来受け取る予定の年金の総額が比較できるようになっています。

 ところがここで、厚労省は大きな問題に気づきます。サラリーマンが払ってきた厚生年金保険料の正確な数字を伝えると、彼ら/彼女たちが納めた保険料を国家が「収奪」しているという不都合な事実がバレてしまいます。そこであろうことか、ねんきん定期便から保険料納付額の半分を消してしまったのです。

 将来の日本の人口構成を見れば、「真面目に会社に勤めて、厚生年金をコツコツ積み立てていれば、定年退職後は悠々自適に暮らせる」というのはただの幻想だとわかります。「人生100年時代」といわれますが、20歳から60歳まで40年間働いて積み立てたお金で、100歳までの40年間を安心して暮らせるなどというウマい話があるわけがありません。

 それにもかかわらず、年金制度に対する国民の信頼を維持するには、「あなたが納めた保険料はちゃんと国家が老後のために運用してますよ」という幻想を維持しなくてはならない。これが今回の問題の本質でしょう。

──厚生年金のどこが幻想なのでしょうか。