「老人ファシズム」が原因

橘:会社員が納めた年金保険料の半分が「ねんきん定期便」から消えていることは、年金制度についての知識がちょっとある人なら誰でもわかります。マスメディアで年金問題を取材する記者が知らなかったということはないでしょう。だから私は、これを「ディープステイトの陰謀」と呼んでいます。

 マスメディアがこの事実を「隠蔽」してきたのは、主要な読者層である(団塊世代を中心とする)年金受給者を怒らせたくないからでしょう。日本のような超高齢社会で賦課方式の年金制度を維持しようとすれば、「現役世代から惜しみなく奪う」しかありませんが、その仕組みを暴いてしまうと社会が混乱するし、「だったらどうするのか」の対案も出さなくてはならない。それを考えたら、各社横並びで「国家の嘘」を容認しておくほうが楽なのです。

 私は、高齢者が不安になることはいっさい許さないという今の日本社会を「老人ファシズム」と呼んでいます。新聞やテレビの主要顧客である高齢者を不快にするような報道をすれば、ただでさえ減っている発行部数や下がる一方の視聴率がどんどん悪くなってしまう。

「老人ファシズム」の典型が、新聞やテレビが「マイナ保険証を紙に戻せ!」という現代のラッダイト運動に熱狂したことです。これからの超高齢社会で起きるさまざまな問題を紙とFAXでどうやって管理するのか、あるいは、アナログのシステムを維持することでかかるコストを現役世代が負担することになるのではないか、という視点はそこにはまったくありません。高齢者が喜ぶ話題を面白おかしく報道して、ついでに気分よく「権力批判」もできるのだから、それ以外のことはどうでもいいのでしょう。

 これは政治も同じで、「消えた年金問題」で高齢者の怒りを買い、第1次安倍政権が吹き飛んだのを見て、年金や医療・介護で高齢者が不利になるようなことはいっさいできないと「学習」したのでしょう。こうして日本の「シルバー民主主義」が完成したわけです。

──厚労省は「基礎年金の給付水準を底上げする」という方針を年金改革法案に盛り込まない見込みです。