下に「イランを再び偉大に」と書かれたレザ・パーレビ元皇太子の肖像画を掲げ、イランの現体制に抗議活動をする人(1月13日、ロンドンの国会議事堂前で、写真:AP/アフロ)
(英エコノミスト誌 2026年1月10日号)
ベネズエラでの米国の急襲作戦を受け、テヘランの一部高官は自国が次の標的かどうか考えている。
数十年間にわたり、イランで時折勃発する大規模デモは毎回、似たようなパターンをたどってきた。
それが殺人事件であれ、盗まれた選挙であれ急落する通貨であれ、何らかの引き金があって始まる。その後の抗議活動はリーダーが不在で、組織化されていない。
デモの規模が大きくなれば、体制側が抑圧的な道具箱に手を伸ばす。武装した暴徒、インターネットの遮断、身柄拘束といったものだ。
そこで秩序が取り戻されるが、何も解決されず、数年後にサイクルが繰り返される。
昨年12月28日、首都テヘランのエレクトロニクス製品の露天商がストに踏み切った。彼らが扱う製品の大半は輸入されており、通貨が底なしで急落している時には、そうした製品を売買するのが難しい。
政治の風見鶏の役目を果たすテヘランのグランドバザールの露店を含め、ほかの商人もストに加わった。抗議デモは首都の外へ飛び火し、今も続いている。
これは2022年以来最も広範な抗議デモだが、まだ当時のデモよりはるかに小さく、全国的な蜂起には至っていない。
大半のデモは数百人程度しか集まらず、あまりにも辺ぴな地方都市に集中していることから、テヘラン市民は場所を特定するために地図を見る必要があるくらいだ。
イラン全土で工場や政府のオフィスは普段通りに開いている。
従来のパターンから逸脱するデモ
それにもかかわらず、イランの体制は想像以上に揺らいでいるように見える。テヘラン中心部の裏通りには機動隊と放水砲が配備された。大勢の人が交差点に結集する前に、私服姿の用心棒が追い散らす。
学校と大学は大気汚染を口実に閉鎖された。これは大規模な行動を防ぐための戦術の一つだ。
最新の抗議デモは2つの形で従来のパターンから逸脱している。
一つは(文字通りの意味でも比喩的な意味でも)体制の破綻が丸見えになっていることだ。イランは経済崩壊と戦争、環境危機の1年に耐えてきた。こうした問題についてイランの指導者は何の解決策も持たない。
もう一つの違いは、イスラエルまたは米国による外国からの介入の見通しだ。
1月3日にベネズエラからニコラス・マドゥロ大統領を拉致するための米国の急襲作戦があった後、多くのイラン国民は自国が次にドナルド・トランプ米大統領の照準に入っているのではないかと考えた。
抗議活動は、体制側が長年味方と見なしてきた有権者層の内部に渦巻く怒りを糧にしている。仕事にあぶれた若い男性だ。
国は彼らの要求に対する答えを持ち合わせていない。
2022年には、女性に義務付けられるベール着用規則の運用を緩め、街頭から風紀警察が撤収し、ミュージシャンや芸人が公共の場を使用するのを認めることによって、社会的な制限措置をめぐって繰り広げられた数カ月間の大規模デモを鎮静化させた。
イランの経済危機と環境危機には、そうした手っ取り早い解決策がない。マスード・ペゼシュキアン大統領は抗議活動の直前に、「私には何もできない」と認めた。