私邸のあるフロリダ州に戻り大統領専用機から降りるトランプ大統領(1月10日、写真:ロイター/アフロ)
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(英エコノミスト誌 2026年1月10日号)

米国にとっては――そして誰にとっても――悪い事態になる。

 ニコラス・マドゥロ氏は12年間、ベネズエラを恐怖で支配してきた。

 選挙を盗んだ。反発する国民がいれば手下のならず者が動き、殺害したりレイプしたり、ビニール袋で息ができないようにする拷問にかけたりした。

 マドゥロ氏の同志が略奪を働き、恐ろしく気まぐれな経済運営を行ったせいで、国内総生産(GDP)は69%減少した。

 国民の4分の1は国外に逃げ出した。こうした経済の崩壊と国民の脱出はどちらも、内戦の最も血なまぐさい時期によく見られるそれをも上回るひどいものだった。

 マドゥロ氏は国際的な脅威でもあった。

 麻薬ギャングと共謀して石油が豊富な隣国ガイアナを脅かし、燃料を安価に供給してキューバの共産主義者の専制政治を支えた。

 イスラム組織のヒズボラを支援し、イランが制裁をすり抜けるのを手伝い、ロシアと中国がフロリダの対岸に足がかりを得られるようにした。

 そして1月3日、米軍の特殊部隊に拉致され、ベネズエラから去った。

 この襲撃は重大だ。ベネズエラ1国にとどまる話ではない。その理由の一つは、「いかにして」行われたかにある。

 この一件では米国のハードパワーの圧倒的な強さが――そして限界が――示されたからだ。

 2つ目の理由は「なぜ」行われたかにある。

 ドナルド・トランプ氏は、歴代の米国大統領がかつてやっていたように民主主義や人権を引き合いに出すことはせず、狙いはベネズエラの石油を手に入れることと西半球を支配下に置くことにあると明言した。

 そして3つ目は「いつ」起きたかにある。

 トランプ氏は国連決議と国際法、そして普遍的価値観という旧来秩序の終焉を早めている。これから展開されるドラマは、何が新しい秩序になるかを決めることに寄与するだろう。

ハードパワーの威力と限界

 まず、「いかにして」から検討しよう。

 独裁者(とその妻)をあれほどまでに精確に急襲して捕らえることは、ほかの軍隊ではできなかっただろう。

 所要時間は3時間弱。米国側に死者は一人もおらず、マドゥロ夫妻を警護していたキューバ兵32人が死亡したと伝えられる。

 多くの人に憎まれている夫妻は1月5日にはニューヨークの裁判所に連れて来られ、麻薬に関連する罪に問われ、終身刑を言い渡される可能性がある。米国と敵対する国々は警告を受けたことになる。

 しかし、この一連の出来事は軍事力の限界も示している。これは襲撃であり、侵攻ではなかった。

 アフガニスタンとイラクでの失敗に懲りたのか、米国は遠く離れたところから、体制転覆よりもはるかに小さなことを試みている。

 マドゥロ氏はいなくなったが、略奪と抑圧を実行する組織は残っている。デルシー・ロドリゲス副大統領が体制を掌握したようだ。

 また、オートバイに乗った親政府民兵組織「コレクティボ」は街頭で恐怖心を煽っている。

 ベネズエラには銃を持った集団が数多く存在し、猜疑心が非常に強いトップと2400人の将校に率いられた軍隊もあることから、内紛が起きる可能性も否定できない。

 トランプ氏は今のところ、ベネズエラは自分が「運営」すると述べている。これは、ロドリゲス氏はトランプ氏の言うとおりに行動しなければならない(さもなくば痛い目に遭う)という意味だ。

 しかし、トランプ氏は自分の意思を押し通すのに苦労するだろう。

 確かに、米海軍はまだベネズエラが頼みの綱とする石油の輸出を封じている。1月7日には、ベネズエラ産の石油を運んでいたタンカー2隻を拿捕した。1隻はアイスランドの近くで、もう1隻はカリブ海でだ。

 だが、部隊をベネズエラ領内に駐留させたり急襲を繰り返したりするぞというトランプ氏の脅しは、どちらも計画に数カ月を要することから現実味がない。