乳牛の代表種ホルスタイン。進化、そして家畜化の末に、現在の乳牛の姿がある。

 私たちが日ごろ食べているもののほとんどは生物である。そして、多くの食材の直系の祖先は私たち人類より先に地球上に現れている。なぜヒトは「その食材」を食べることになったのか。その疑問を解くカギは、この地球上でヒトと生物がたどった進化にある。ふだん何気なく食べているさまざまな食材を、これまでにない「進化の視点」で追っていく。それぞれの食材に隠された生物進化のドラマとは・・・。

第1話:シアノバクテリア篇「イシクラゲは27億年の生物史が詰まった味だった」
第2話:棘皮動物篇「昆虫よりもウニのほうがヒトに近い生物である理由」
第3話:軟体動物篇「眼も心臓も、イカの体は驚くほどハイスペックだった」
第4話:節足動物篇「殻の脱皮で巨大化へ、生存競争に勝ったエビとカニ」
第5話:魚類篇「ヌタウナギからサメへ、太古の海が育んだ魚類の進化」
第6話:シダ植物篇「わらび餅と石炭、古生代が生んだ『黒い貴重品』」
第7話:鳥類篇「殻が固い鶏の卵は、恐竜から受け継いだものだった」
第8話:真菌類篇「酒とキノコの味わいを生んだ、共生と寄生の分解者」
第9話:被子植物と果実篇「動けない植物がとった『動物を利用する』繁殖戦略」
第10話:哺乳類・クジラ篇「“海の勝ち組”クジラが天敵・人類に狙われた理由」

 何かを初めて食べた時の印象というのは案外と鮮明なもので、生涯忘れないエピソードになることも多い。それが美味しくても不味くても、最初の出会いが食べものの好き嫌いの方向性を決めてしまうこともあるかもしれない。

 しかし、「生まれて初めて口にしたものは何か」という問いに、自分自身の記憶で返答することはさすがに困難であろう。とはいえ、客観的に考えれば、最初に口にしたのは母乳もしくは粉ミルクであったことは想像に難くない。

 哺乳類にとって、生まれた直後の生命維持には「ミルク」が不可欠である。そこに嗜好が入り込む余地はほとんどなく、粉ミルクがない時代の身分の高い家には、母乳を与える「乳母」の存在もいた。生まれて最初に口にするミルクは、食の原点といってもよいかもしれない。

 さて、現在の乳児は母乳だけで育てられているわけではない。粉ミルク(最近では液体ミルクもある)は育児中の家では生活必需品といってよい。その粉ミルク、いうまでもなく原料は牛乳である。粉ミルクだけでなく、現代の食生活で牛乳は多様な食品の原料となり、その生産量は膨大なものになる。

 では、なぜウシはそれほどの牛乳を生産できるのだろうか。その疑問を解くために、今回はウシが辿ってきた道を見ていこう。