私たちが日ごろ食べているもののほとんどは生物である。そして、多くの食材の直系の祖先は私たち人類より先に地球上に現れている。なぜヒトは「その食材」を食べることになったのか。その疑問を解くカギは、この地球上でヒトと生物がたどった進化にある。ふだん何気なく食べているさまざまな食材を、これまでにない「進化の視点」で追っていく。それぞれの食材に隠された生物進化のドラマとは・・・。
第1話:シアノバクテリア篇「イシクラゲは27億年の生物史が詰まった味だった」
第2話:棘皮動物篇「昆虫よりもウニのほうがヒトに近い生物である理由」
第3話:軟体動物篇「眼も心臓も、イカの体は驚くほどハイスペックだった」
第4話:節足動物篇「殻の脱皮で巨大化へ、生存競争に勝ったエビとカニ」
第5話:魚類篇「ヌタウナギからサメへ、太古の海が育んだ魚類の進化」
第6話:シダ植物篇「わらび餅と石炭、古生代が生んだ『黒い貴重品』」
第7話:鳥類篇「殻が固い鶏の卵は、恐竜から受け継いだものだった」
第8話:真菌類篇「酒とキノコの味わいを生んだ、共生と寄生の分解者」
群ようこ原作の映画『かもめ食堂』にこんな場面がある。
フィンランドで食堂を始めた日本人女性が、コーヒーを美味しく入れるおまじないを先代の中年男性から教えてもらう。それは「コピ・ルアク」と唱えながら、挽いた豆に指で窪みをつくるというもの。
映画を観たとき、この言葉は完全に呪文にしか聞こえなかったのだが、後から特別なコーヒー豆の名前であることを知った。
ご存知の方も多いだろうが、「コピ・ルアク」とは、ジャコウネコの糞から採れる未消化のコーヒー豆のことである。果実が大好きなジャコウネコにコーヒーの実を食べさせて、上質なコーヒー豆の糞を出させるというわけだ。
植物と動物、そして人間の奇妙な関係を考えざるをえない嗜好品である。
植物がとった「種子づくり」という戦略
動物が本格的に陸上に進出した3億8000万年前の古生代デボン紀ごろは、「動物は食べる側」「植物は食べられる側」という固定的な関係性であったと考えられている。動けない植物は、動物にとってわずかな労力で食べられる好都合な餌である。難点といえば消化・吸収できない成分が多いということだろうか。
しかしながら、植物も黙って食べられるばかりではなかった。すでに第6話「シダ植物篇」で書いたように、リグニンによって消化や咀嚼がきわめて困難な構造をつくったり、有毒な成分を蓄積したりと、さまざまな生存戦略を進めていったのだ。