私たちが日ごろ食べているもののほとんどは生物である。そして、多くの食材の直系の祖先は私たち人類より先に地球上に現れている。なぜヒトは「その食材」を食べることになったのか。その疑問を解くカギは、この地球上でヒトと生物がたどった進化にある。ふだん何気なく食べているさまざまな食材を、これまでにない「進化の視点」で追っていく。それぞれの食材に隠された生物進化のドラマとは・・・。
第1話:シアノバクテリア篇「イシクラゲは27億年の生物史が詰まった味だった」
第2話:棘皮動物篇「昆虫よりもウニのほうがヒトに近い生物である理由」
第3話:軟体動物篇「眼も心臓も、イカの体は驚くほどハイスペックだった」
第4話:節足動物篇「殻の脱皮で巨大化へ、生存競争に勝ったエビとカニ」
第5話:魚類篇「ヌタウナギからサメへ、太古の海が育んだ魚類の進化」
2019年はタピオカが大流行した。何がきっかけで流行が始まるか分からないものだが、日本には古くよりタピオカのようなスイーツがある。「わらび餅」である。
わらび餅の主原料は、ワラビの地下茎のデンプンを抽出して乾燥させた「わらび粉」だ。しかし、現在わらび粉を100%使ったわらび餅はめったにお目にかかれない。なぜなら本当のわらび粉は、10kg程度のワラビの地下茎から手作業で数10gしか取れず、しかも粉にするのに大変な手間と暇がかかる貴重なものだからだ。タピオカの原料であるキャッサバ芋のような太さは、ワラビの地下茎にはないのである。わらび粉100%でわらび餅を作ったら、現在のような価格で大量に流通させることは不可能だろう。
わらび餅というと、多くの人は薄い灰色の透明感あふれる見た目を想像するだろうが、わらび粉100%で作ったものはまるで黒い宝石のような煌めきを放つ。それは他の植物のデンプンがおおむね白いのに対して、ワラビ由来のデンプンは灰褐色をしているためだ。重曹などでワラビのあく抜きをしたことのある人なら、ワラビを浸している液のなんともいえない暗い色を思い出すかもしれない。つまり、わらび粉からは、着色することなく黒いタピオカのようなゲルを作れるのである。
「地上にはほぼシダばかり」という時代があった
とはいえ、ワラビのようなシダ植物は、やはり主食にはなりにくい。山菜として食する機会が最も多いだろうが、ほとんどカロリーはないし、大量に食べればわずかに残った灰汁の成分で食中毒になる可能性もある。
わらび粉も救荒食物としての側面が大きかっただろう。ワラビに限らずシダ植物は、どう考えても現在では食卓の脇役である。