エビやカニは、体が殻に覆われた節足動物。大きな分類では脱皮動物に含まれる。

 私たちが日ごろ食べているもののほとんどは生物である。そして、多くの食材の直系の祖先は私たち人類より先に地球上に現れている。なぜヒトは「その食材」を食べることになったのか。その疑問を解くカギは、この地球上でヒトと生物がたどった進化にある。ふだん何気なく食べているさまざまな食材を、これまでにない「進化の視点」で追っていく。それぞれの食材に隠された生物進化のドラマとは・・・。

 第1話:シアノバクテリア篇「イシクラゲは27億年の生物史が詰まった味だった」
 第2話:棘皮動物篇「昆虫よりもウニのほうがヒトに近い生物である理由」
 第3話:軟体動物篇「眼も心臓も、イカの体は驚くほどハイスペックだった」

 気の合った仲間との食事では、たいてい和やかな談笑が続くものだが、時としてテーブルが静寂に包まれることがある。食卓に極上のカニ、中でも大きなズワイガニなどが丸ごと一匹出てきたときである。言うまでもなく殻から身を取り出すのに夢中になってしまって、喋ることを忘れてしまうのだ。身が美味しいから、面倒な殻があってもついつい頑張ってしまう。

 その殻の主成分は、「キチン」という化合物である。キチンは植物のセルロースと同じような構造の高分子で、セルロースと同様にヒトは消化吸収することはできない。生物が生産する化合物のうち、地球上で最も量が多いのは植物のセルロースだが、キチンはそれに次いで多いといわれている。セルロースとの大きな違いは、キチンには窒素原子(N)が含まれているという点である。

キチンとセルロースの構造。

 キチンは、実はキノコなどの菌類や線虫にも含まれているのだが、産業的にはやはりエビ・カニなどの節足動物から採られることが多い。キチンを化学処理したキトサンは、金属の吸着や再生医療のための素材などとして幅広く応用されており、重要なバイオマスである。

脱皮のリスクより急速な巨大化のメリットを選ぶ

 節足動物は大きな分類でいうと「脱皮動物」に属する。炭酸カルシウムの殻で防御する軟体動物などでは、自ら形成した殻に合わせて体の大きさが規定される。そして、一度つくった殻はそう簡単に壊すことはできないので、成長しようと思ったら少しずつ建て増しするほかない。

 しかし、大分類の名前のとおり、節足動物は脱皮できるのである。エビやカニはキチンを糖類から合成し、場合によっては自分自身で分解することもできる。つまり、成長に合わせて脱皮を行って外骨格を完全リニューアルすることができるのだ。