単独猟の猟師が到達した「命に感謝」を超えた境地

『山のクジラを獲りたくて』に綴られた真摯な願いとは

2020.01.24(Fri)漆原 次郎
山という場所は「狩猟」の地でもある。

 人間が「山」に入る目的には、どんなことがあるだろう。

 登山のためは最も多そうだ。それに山菜を採るためという目的もある。木材を得るための林業はかつて盛んだった。

 もうひとつ、「狩猟のため」という目的が昔も今もある。猟銃などの猟具を持って山に入り、鳥獣を捕らえる。そして解体し、食材を得る。

 狩猟をするには最低でも狩猟免許を得て、狩猟者登録をしなければならない。禁猟の制限もある。それに決められた道を行く登山より危険が高い。多くの人たちにとって、「狩猟のため」という目的はなかなか縁遠いものだ。

 けれども、何かのきっかけでこれを始めると、すっかり山に魅了されてしまう人もいる。「山の一部」になりたいとさえ思うのだという。

やりたかった「単独忍び猟」を選ぶ

2019年12月に刊行された『山のクジラを獲りたくて――単独忍び猟記』。

山のクジラを獲りたくて』(山と渓谷社刊)著者の武重謙氏は、山での狩猟に「夢中になった」ひとり。1982年生まれで、神奈川県箱根町に宿泊施設を開業した傍ら、狩猟を始めたという。

 そのきっかけは、ある日、家の前で「山鯨」、つまりイノシシを見たこと。「獲って食べたらうまいだろうね」と奥さんに言うと、「おもしろそう。獲ってみたら?」と返された。「狩猟」が心の中でふつふつ湧き上がっていたという。

 著者が狩猟のスタイルとして選んだのが「単独忍び猟」だ。たいてい初心者は、複数人で獲物を囲って射止める「巻き狩り」を勧められる。だが著者は、ひとりで山を歩き、獲物に忍び寄り、仕留める単独忍び猟こそ「やりたかったものだ」と、ありのままの気持ちでひとり山に入っていく。もちろん下見を入念に重ねたり、弾丸を撃つときは斜面に向けるといった心得を備えたりしての上でだ。

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