写真提供:©Budrul Chukrut/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
競争の軸足を「機能」から「価値」へと移し、高級時計市場の支配的地位を奪還したスイスの時計産業。その筆頭であるロレックスは、いかに「製造業の論理」から抜け出したのか。『ロレックスの経営史』(ピエール=イヴ・ドンゼ著/大阪大学出版会)から一部を抜粋。王者のブランドマネジメント戦略をひもとく。
2000年代後半、ロレックスはセカンドブランド「チューダー」の切り離しに動いた。廉価版ブランドを独立させた背景、中価格帯で勝つために行った「2つの挑戦」とは?
チューダーの役割
『ロレックスの経営史』(大阪大学出版会)
チューダーはロレックスのセカンドブランドとして、特に中国などの新市場に参入するために使用され続けている。1990年代、チューダーは中国の消費者向けの雑誌で大きく取り上げられた(図8.6参照)。
2000年代には、チューダーの時計はロレックスと合わせて取り扱われるようになり、中国の主要都市にオープンした同じブティックで販売されるようになった*181。これは現在でも同様で、例えば、全国に数千のブティックを構える周大福などがそうである。スイスのマスコミによると、2016年のチューダーの売上の90%を中国が占めたという*182。
ロレックスのセカンドブランドは、1960年から1990年にかけてのグループの急速的な成長において、もはや副次的な地位にとどまるものではなかった。むしろ、ロレックスより低価格セグメントにおけるそのポジショニングは、1990年代に時計と高級品に門戸を開いていた新興市場において魅力的なブランドとなった。ロレックス時計が中国市場参入の戦略に用いたのも、このブランドであった。
図8.6:チューダーの中国市場向け広告(1998年)…1990年代、ロレックスはチューダーというブランドで、開国したばかりの中国市場を征服しようとした。チューダーは、中国全土の多くの宝飾店でロレックスの名を冠し、高級ブランドに不慣れな新しい顧客層の注目を集めた。/出典:Europa Star、中国語版、No. 43, 1998, p. 2. © Europa Star archives.
*181 Europa Star、279号、2006年、77‒79頁。
*182 Le Temps、2016年12月14日によると、当時、中国が売上の90%を占めていたという。






