このことから、福島で見つかっている甲状腺がんの原因は、放射線被ばくとは異なるものだという指摘があります*2,48

 しかし、放射線被ばくを原因とする甲状腺がんの場合、その発症時期が子どもの年齢によって異なることに注意する必要があります。チェルノブイリの事故においては、事故時5歳以下だった子どもで症例が出てきたのは、事故から4年経ってからでした*49

 もし、福島県において、今後さらに患者数が増えるようなことがあれば、事故当時5歳以下の年齢層からも甲状腺がんの発症が認められる可能性が十分に考えられ、予断を許しません。

(4)汚染度との相関がみられない?

 甲状腺がんの原因が原発による放射線被ばくであるとするならば、被ばく放射線量との間に相関があるはずです。実際チェルノブイリ事故後の小児甲状腺がん患者数は、患者が住んでいた地域の放射能汚染度が高ければ高いほど「有病率」(100万人あたりの有病者数)が高くなっていました。

 ところが、岡山大の津田氏らが、県民健康調査1巡目のデータを汚染度の違いで3つの地域に分けて分析した結果(図8・左)をみてみると、地域ごとの有病率には違いが見られませんでした。このことは、甲状腺がんの発症が放射線被ばくと無関係である証拠だという指摘がなされています*2,17,48

 これに対して、津田氏らは実際の健康調査を実施するタイミングに「時間差」があったことが、その原因だという考えを示しています。1巡目の 健康調査は主に2011年度から2013年度まで、3つの年度にわたって行われましたが、汚染度の高い地域から順に行われたため、汚染度のより低い地域ほど、被ば くしてから甲状腺がんの検診が実施されるまでの時間が長くなっています。

 そのため、汚染度の低い地域の発がん率の低さと、検査を受けるまでの時間が長くなるほどがんの発生数が多くなる効果が相殺したことで、汚染度(被ばく量)と有病率に相関が示されなかったのではないかという考えです。

図8. 汚染度の異なる3つの地域ごとに算出した有病率(左)および発病率(右)。
発病率の計算においては、原発事故から検査終了までの時間として、高・中・低汚染地域それぞれで、1年・2年・3年とした。データ出所:文献*25
拡大画像表示

 この考え方を定量的に示したのが図8の右のグラフです。発見された甲状腺がんのすべてが原発事故に由来するものであるとした場合、調査結果から得られた有病率を原発事故から検査終了までの時間で割ることよって、「発病率」を求めることができます。

 高線量地域、中線量地域、低線量地域を「発病率」で比べると、図8の右に示すようになり、すなわち高線量地域ほど甲状腺がんの「発病率」が高いという傾向がはっきり見えています*25。つまり、検診までの時間差を考慮すると汚染度と甲状腺がん患者数との相関はあるというのです。

10. 予防原則に則ったリスクの未来予測を

 さて、これまで福島県県民健康調査の甲状腺がん検査によって得られたデータの読み方と、その解釈の仕方について、そして専門家の間での議論の内容について紹介してきました。

 ここまで材料がそろっている状況で、社会として今どのような判断をして、どのような行動をとるべきでしょうか?

 これまで福島の検診で発見された甲状腺がんの患者数は、過去の全国平均発症数からみると異常な数字であることは間違いありません。

 しかしこれを、放射線被ばくによってがんが多発している“異常事態”と見るのか、今まで隠れていて見えなかったものが表面化しただけの“正常状態”と見るのか。どちらを取るかで、対応の仕方は全く違うものになってきます。