この乳頭がんは、一般に極めてゆっくり進行するとされているため、福島の子どもたちの間で見つかったもの、つまり、県民健康調査における甲状腺検査で見つかったがんも、「4年」よりも、もっと先の将来に発症するものを「早期発見したにすぎない」という指摘も数多くあります*12。
では、今回の検査で見つかったがんが、仮に早期発見されたものだった場合、何年先に発症するがんまで見つけたことになるのでしょうか。その評価方法は、国立がんセンターと札幌医科大学の研究グループが示しています*13,14。
次の図4の赤い曲線は、地域がん登録統計データや福島県の人口統計などから推計した、福島県における各年齢以下の甲状腺がん発症経験者数の合計(累積有病者数)を示しています。このグラフ上に、今回の検査から推計される、事故当時18歳以下の福島県民全体での有病者数(表1)も併せてプロットすると、以下のようになります。
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4章で説明したように、1巡目検査ではおおむね20歳以下の県民を調査したことになります。そして、そのうちの115人が「がんないしがん疑い」の診断を受けました。
また2章で示したように、受診率は81.7%であることから、福島県全体では141人が「がんないしがん疑い」の状態であったと推計できます。がんの発生は確率的な事象であるため、福島県全体の真の平均的ながん患者数の推計値としては、141(115~166)人といった幅を持つことになります。
そして、累積有病者数が115~166人となるのは図の35~37歳に該当します。つまり、1巡目で行われた20歳以下の集団の検診結果は、検査時から早くても15~17年後に発症するであろう、すべての甲状腺がんを早期発見したと解釈できます。
また、2巡目で新たに甲状腺がんと診断された人を含めると、福島県の調査で見つかった累計の甲状腺がん患者数は166人でした。そこから、2巡目の検査時におおむね22歳以下の全対象者における累積有病者数は、231(196~266)人と見積もられました(表1参照)。
日本の平均発症率から計算した累積有病者数を示す赤い曲線から、これは、おおよそ39~42歳までに発症するすべてのがんを見つけたことに相当することが分かります。
つまり、今回の調査で見つかった甲状腺がんが、将来的に発症するものを早期発見したものならば、早くても17~20年後に発症するものを見つけていることになります。
7. 一生発症しない「潜在がん」をみつけただけ?
「通常の数十倍も多い」とされる甲状腺がんが見つかったことをどう説明するのか? そのもう1つの可能性として、一生発症せず、存在していても臓器機能に影響を与えない「潜在がん」ではないかという考えもあります。
病死した方の遺体を医学研究のために解剖(剖検)すると、死因とは無関係のがんが見つかることがあります。これが「潜在がん」です。甲状腺は特にそのような潜在がんが頻繁に見つかる臓器で、たとえば大きさが3~10mmの腫瘍は、2~5%の剖検で見つかることが知られています*15。