一方で、発症率は1年間に発症する人々の数ですから、「有病率=発症率×有病期間」という関係式が成り立ちます。そしてこの式を用いることで、全国統計である発症率から、検診によって得られる有病率を推定することができます。

 津田氏らは、全国統計から3 [人/100万人・年]という発症率の値を採用しています。彼らが対象とした1巡目検査は、原発事故からほぼ7カ月後から3年後の間に行われました。

 人によって検診を受けたタイミングは異なりますが、1巡目検査の受診時には、原発事故から平均すれば2年ほど歳をとっていたと考えられ、検査時の年齢はおおむね20歳以下の集団とみなすことができます。

 そこで、津田氏らは、全国の甲状腺がん発症統計から、20歳以下全体での平均値を求めることで全国平均の発症率を3 [人/100万人・年]としています。先ほどの関係式に、これらの数字を当てはめると、有病率の期待値は3 [人/100万人・年]×4 [年]=12 [人/100万人]となります。

 しかし実際に福島の1巡目調査で得られた有病率は、この値をはるかに上回る 383 [人/100万人]でした。すなわち、383÷12 =32倍の大きな値と考えることができます。津田氏らの言っている「およそ30倍」は、このような考え方から得られたものです。

5. 福島県の報告書にも「数十倍」と記載

 また国立がん研究センターと札幌医科大学の研究グループは、同じ全国統計データを用いて、20歳以下の福島県民のうち、生後から現在までの間に甲状腺がんを発症したことのある人の総数を5.2人と見積もり、1巡目検査で得られた有病者数は、その26~36倍に相当することを示しました*11

 これらの定量的な分析から、福島県でこれまでに見つかった甲状腺がんの数は、通常の環境で自然に発生して、近い将来発症するようなものだけでは全く説明がつけられないことが分かります。

 2016年3月に福島県から発表された「県民健康調査における中間取りまとめ」では、最終的に「先行検査(一巡目の検査)を終えて、わが国の地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されている」という表現で報告されています。

 しかし一方でこの報告書(中間取りまとめ)では、多数の甲状腺がんが発見されている原因については「放射線の影響とは考えにくい」としています。これは一体どういうことなのでしょうか。当初から心配されていた事態、つまり“原発事故に由来する放射線被ばくによる小児甲状腺がんの多発”と結論づけることはできないのでしょうか。

 これに対しては、大きく2つの論点があります。1つは「多発している」という見方に対して、将来的に臨床診断されたり、死に結びついたりすることがないがんを多数診断している「過剰診断」であるとの指摘がなされていることです。

 そして2つめが「放射線の影響か否か」という点です。放射線の影響とは考えにくいとする理由、さらにそれに対する反論が挙がってきています。以降の章では、この2つのポイントについて詳しく説明していきます。

6. 「早期発見した」に過ぎない?

 津田氏らの分析では、5.1mm以上に成長した甲状腺がんは、4年以内に発症することを仮定していました。

 甲状腺にできるがんのうち、およそ9割は「乳頭がん」と呼ばれる種類のがんで、女性に多く発症する傾向があります。(ただし「乳頭がん」と言っても胸の乳腺とは関係ありません。このがん細胞を顕微鏡で見ると乳頭、つまり乳首のような形をしているため名づけられたそうです 。)