(文:上昌広)
医療現場は現時点で新型コロナウイルス・ワクチン「コスタイベ」を求めていない。コスタイベの可能性は高く評価されるべきだが、不十分な臨床試験で「仮免許」を与える理由はない。これは2015年に発覚した化学及血清療法研究所(化血研)の不祥事で、明治HDが厚労省に作った「貸し」が返されたということか。仮にそうなら、世界で最も根深い日本社会のワクチンに対する不信感は、さらに増すばかりだろう。
明治HD事業子会社のMeiji Seikaファルマが開発した新型コロナウイルス・ワクチン「コスタイベ」が世間の関心を集めている。SNSには、「シェディングにより、ワクチン接種者から周囲に感染させる」などのデマが氾濫している。「シェディング」とは、コスタイベが体内で増殖した後、その一部が対外に放出され、周囲にいる人に悪影響を与えることだが、このことを支持する科学的な根拠はない。
明治は、デマの拡散を主導した反ワクチン団体を名誉毀損で訴えるようだ。10月8日、記者会見を開き、小林大吉郎社長は「コスタイベを導入した医療機関に対して誹謗中傷や脅迫が寄せられている。ワクチンの供給に支障が出ている」と説明した。
さらに10月16日、「科学的根拠のない話やデマの投稿が相次いでいます」という一面広告を全国紙各紙に掲載した。異様な状況である。
世界各国でワクチンの安全性を巡る議論は迷走しがちだ。ワクチンは健康な人に接種するため、死亡事故は許容できないという立場と、ワクチンによって多くの人命が救われるのだから死亡を含む一定の副反応は許容せざるを得ないという立場は、そもそも価値観が異なる。議論によって合意形成することは難しい。
世界でもっともワクチンが信頼されていない国
ただ、世界中で日本ほど、コロナワクチンの安全性をめぐり大騒ぎしている国はない。日本の特徴は、一流紙とされる新聞がコロナワクチンの副反応を大きく取り上げることだ。「レプリコンワクチン、コロナ接種で世界初実用化 有効性や安全性は?」(毎日新聞10月3日)などの記事が数多く発表されている。
ネットメディアや週刊誌の中には、激烈な主張を紹介するものもある。「製薬会社現役社員が『本音は売りたくない』と内部告発……日本でしか承認されていない新型コロナ『レプリコンワクチン』の恐ろしさ」(週刊現代9月29日)など、その典型だ。
なぜ、こんな記事が氾濫するのか。それは「売れる」からだろう。多くの日本人はワクチンの安全性に懸念を抱いている。そして、ワクチン批判に興味がある。だからこそ、メディアはこぞって、この問題を取り上げる。
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