医療現場はコスタイベを求めていない

 医療現場がコスタイベを求めていないことは、厚労省も明治も認識しているだろう。この状況で明治がやるべきは、大規模な臨床試験を完遂させ、その結果を一流医学誌に発表することだ。レプリコンワクチンは、前途有望なワクチンだから、厳しい査読を受けた後に、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』などの一流医学誌が掲載するだろう。ファイザー、モデルナは、こうやって世界の医学界の信頼を得てきた。だからこそ、世界中で接種された。

 ところが、厚労省は明治に対して、このようなステップを求めなかった。そして、法定接種に組み込んだ。この結果、明治には巨額の利益が約束された。それは、医療現場での使用状況とは無関係に、政府がワクチンを買い上げるからだ。

 今冬、厚労省は約3224万回接種分のコロナワクチンを確保した。そのうち、約427万回分がコスタイベだ。厚労省は購入価格を公表していないが、常識的には1回につき1万円程度だろう。その場合、明治は400億円以上を売り上げる。コロナワクチンが法定接種に組み込まれたため、この状況は当面続くだろう。

 明治HDの2023年度の売上は1兆1054億円、営業利益は843億円だ。医薬品事業に限れば、売上2061億円、利益は227億円だ。コスタイベの利益が、明治にとっていかに大きいかお分かりいただけるだろう。

 これはフェアじゃない。ほとんど利用されないことが予想できるワクチンに巨額の税金を注ぎ込む合理的な理由はない。なぜ、厚労省はこんなことをするのだろうか。私は、厚労省が明治に借りを返そうとしたからと考えている。

化血研の血液製剤をめぐる不正が背景に?

 前述の通り、KMバイオロジクスは化血研の事業を継承して発足した。その経緯の発端には、2015年に露見した化血研の組織的不正がある。

 国の承認していない方法で血液製剤を不正製造していた化血研に対し、当時の塩崎恭久厚労大臣は厳しい処分を求めた。しかし、化血研は一部のワクチンを半ば独占販売していたため、厚労省は「倒産」させるわけにはいかなかった。厚労省は大手国内企業に化血研の救済を打診したが全て断られ、最終的に明治が中心となって事業を継承した。

 この時の厚労省の対応は目に余った。約40年にわたり、悪質な隠蔽工作を続けた化血研を擁護し、最初から適切に対応するつもりはなかったのだ。

 象徴的なのは、この問題の対応策を議論するための「血液製剤やワクチンの製造業界の在り方を検討する作業部会」に、診療報酬を担当する保険局は参加していなかったことだ。

 化血研の不正を糺すつもりなら、化血研が医療機関から医薬品購入費用として得た金を返還させなければならない。個別の医療機関が対応することは難しく、厚労省が調整せざるを得ないだろう。その場合、担当部局は保健局だ。厚労省OBは「保健局を外しているのですから、厚労省は、最初から化血研に金を返させるつもりがなかった」という。

 もし、一般の医療機関で、同様の不正が露見すれば、同省は過去に遡り、診療報酬の返還を求めるはずだ。こうやって多くの医療機関は倒産、身売りしてきた。完全なダブルスタンダードである。

 もちろん、厚労省にも言い分はあるだろう。戦前から続く「軍産複合体」の利権は容易に清算できない。改革には激しい「痛み」を伴う。厚労大臣がなんと言おうと、問題解決を先送りするしかない。こうやって、利権体制は温存された。

 これがコスタイベの特別承認へと繋がったのではないだろうか。そうだとしたら、こんなことをしている限り我が国のワクチン開発力は低下し続け、国民の不信感は増すばかりだ。抜本的な見直しが必要である。

上昌広
(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

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