エンゲルスは何かとトラブルを起こすマルクスをなぜ見捨てなかったのか
マルクスがパリに亡命しているときに、二人は出会います。マルクスが26歳、エンゲルスが24歳のときのことです。
もっともエンゲルスはマルクスと出会う前から、その存在をよく知っていました。マルクスはもともと「ライン新聞」でジャーナリストとして活動しており、政府のことはもちろん、その反対勢力をも舌鋒鋭く批判。こんなふうに評されるほど、マルクスの記事は読者にインパクトを与えました。
「心臓に狙いを定めてひと突きにする、短剣のような鋭い文章」
「窓を壊すのに大砲を使う男」
マルクスの文章に引きつけられたエンゲルスは、まだ面識のないマルクスについて、次のような詩を書きました。
「乱暴なまでの性急さについていけるのは誰? トリーアの浅黒い若者、言わずと知れた怪物」
出会いを果たすと、マルクスとエンゲルスは心を通わせて同志になりますが、二人は正反対のタイプでした。
まず外見からして違いました。マルクスは、背が低くずんぐりむっくりでしたが、エンゲルスは、すらっと背が高いスマートな男でした。また、マルクスは字が汚く、原稿も誤字だらけ。一方のエンゲルスはというと、美しい字で几帳面な文章を書きました。
まさに二人はでこぼこコンビであり、何かとトラブルを起こすマルクスを、いつもエンゲルスがサポートする。そんな関係性が生涯、続いたのです。
というのも、マルクスは浪費癖が激しく、金銭感覚が欠如していました。ライン新聞社を退社後は「共産主義宣言」を行い、亡命生活を余儀なくされた……という事情があったにせよ、経済的な苦境はマルクス本人の問題でした。
ラッキーなことに親戚から遺産が転がり込むなんてことがあっても、マルクスは借金の清算もせずに、大きな家を買って転居してしまいます。すぐに生活に行き詰まり鉛筆も買えなくなり、エンゲルスにこんな手紙を書くのでした。
「腐りきった借金取りから、三度目の、そして最後の通告を受けてしまった。もし月曜までに払えないなら、月曜日の午後に質屋を寄越すと言う。そんな状態なので、もし可能なら、数ポンド送ってもらうわけには……」
こんなことが続いてもエンゲルスは、マルクスを見捨てなかったのですから、大したものです。金銭的な援助だけではありません。妻子のあるマルクスが、女中に手を出して隠し子をつくると、なんとエンゲルスは自分の養子にして面倒まで見ています。
なぜ、そこまでマルクスのために献身するのか。エンゲルスがマルクスについて語ったこの言葉に、その理由が集約されています。
「どうして天才に対して嫉妬などできる? 天賦の才というのはきわめて特殊なものだ」
その才能にほれ込んでいたエンゲルスにとって何よりの気がかりは、マルクスが直面していた貧困や人生のトラブルによって、彼の経済論が世に出せなくなることでした。