臨場感あふれる祭り「俄」の詳細な記録『明月余情』(写真:国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/932212

 NHK大河ドラマ『べらぼう』で主役を務める、江戸時代中期に吉原で生まれ育った蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)。その波瀾万丈な生涯が描かれて話題になっている。第12回「俄なる『明月余情』」では、吉原での祭り「俄(にわか)」を盛り上げるために、平賀源内の力を借りようとするが、別の人物を紹介されることになり……。『なにかと人間くさい徳川将軍』など江戸時代の歴代将軍を解説した著作もある、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)

正本や稽古本で読者のニーズに応えた「富本節」

「太夫の直伝を私にいただけませんか」

 蔦屋重三郎は前回放送のラストで、浄瑠璃の人気太夫・富本豊志太夫(とみもと とよしだゆう、初名は午之助)にそう願い出ている。

 情熱あふれるオファーは、見事に午之助の心を動かしたようだ。今回の放送であったように、安永6(1777)年1月、午之助は24歳で無事に「富本豊前太夫(とみもと ぶぜんだゆう)」を襲名。これを機に蔦重は、自分の版元である「耕書堂(こうしょどう)」から、富本節の音曲の詞章を記した「正本」を発刊することに成功している。

 綾瀬はるか演じる九郎助稲荷(くろすけいなり)による、次のような説明があった。

「直伝の富本本(とみもとぼん)は売れ行きもよく、吉原の蔦屋まで足を運ぶ客も出てまいりました」

 実際に蔦重は、富本節の正本や稽古本を発刊し、経営的にプラスになったようだ。今、流行の富本節の練習ができるとなれば、読者がこぞって買うはず──そんな読みが見事に当たった蔦重。豊前太夫が江戸で稽古場を数カ所開いたこともあって、『吉原細見』と同じく手堅く売れる刊行物として、富本節の関連本をラインアップに入れることに成功した。