「座頭貸し」の取り締まりを将軍(家治)に進言した田沼意次(イラスト:GYRO_PHOTOGRAPHY//イメージマート)

 NHK大河ドラマ『べらぼう』で主役を務める、江戸時代中期に吉原で生まれ育った蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)。その波瀾万丈な生涯が描かれて話題になっている。第13回「お江戸揺るがす座頭金」では、蔦重はまたもや鱗形屋が偽板の罪で捕まったと聞く。一方、視覚障がい者による高利貸しの「座頭金」が問題視されるようになり……。『なにかと人間くさい徳川将軍』など江戸時代の歴代将軍を解説した著作もある、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)

蔦重と朋誠堂喜三二のユーモアセンスが発揮された『娼妃地理記』

 今回の放送では、冒頭から編集会議さながらに、横浜流星演じる蔦屋重三郎が、尾美としのり演じる戯作者・朋誠堂喜三二(ほうせいどう きさんじ)と、新しい本の企画について意見を出し合っている。

 蔦重が「吉原を国に見立てるのは?」と水を向けると、喜三二が「吉原の町をそれぞれの国に見立てて紹介する?」と応じて、蔦重が「女郎屋の名前をそれぞれの郡にして……」とさらにアイデアを出すと、喜三二もイメージが湧いてきたようで「松葉郡には、瀬川という美しい川が流れている……てな具合?」と具体化させて、蔦重を「そうそう!」と喜ばせた。

 この「吉原を国、女郎屋を郡に見立てて、遊女を名所になぞらえて地理書のように吉原を案内する」という斬新なコンセプトは、実際2人によって企画が進められている。『娼妃地理記』(しょうひちりき)という本にまとめられた。

 このとき喜三二は「道蛇楼麻阿(どうだろうまあ)」という筆名を使っている。なんともふざけているが、ユニークな本のコンセプトに妙にマッチしており、相手を脱力させるような喜三二の親しみやすさもよく伝わってくる。

 蔦重は安永3(1774)年に初めての出版物として、各店の上級遊女である花魁(おいらん)の名を実際にある花に見立た『一目千本』(ひとめせんぼん)の刊行に踏み切った。そして翌年には、『急戯花之名寄(にわかはなのなよせ)』を世に送り出す。こちらは、遊女の紋が入った提灯と桜花を取り合わせて描きながら、遊女についての短い評を添えた本である。

 いずれも掲載を希望する遊女や馴染み客から出資を募った入銀本だったと考えられている。いわば吉原の身内向けのものだ。「次はより広い読者に読まれる吉原のガイド本を作りたい」という情熱が高まったのだろう。さらに企画性が高まった『娼妃地理記』を安永6 (1777)年に出版する運びとなった。

 これまでも当連載で書いてきたように、蔦重についての人物史料は乏しいが、多くの作品をプロデュースしている。そのため、そこからどんな経緯で出版に至ったのかを想像し、ストーリーとして膨らませることができる。今回は一冊の本が誕生する始まりとして、編集会議さながらのやりとりを楽しむことができた。

『娼妃地理記』の写真はウェブ上でもアクセスできる。蔦重と喜三二とのやりとりを想像しながら眺めてみると、たちまち江戸中期にタイムスリップできるだろう。

『娼妃地理記』(大阪大学附属図書館所蔵)