
NHK大河ドラマ『べらぼう』で主役を務める、江戸時代中期に吉原で生まれ育った蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)。その波瀾万丈な生涯が描かれて話題となっている。第10回「『青楼美人』の見る夢は」では、瀬川最後の花魁道中に合わせて錦絵を制作することになったが、瀬川との別れが近づく蔦重は心ここにあらずで……。なにかと人間くさい徳川将軍』など江戸時代の歴代将軍を解説した著作もある、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)
家基の正室になる予定だった種姫の運命
今回の放送はいきなり「幕府パート」から始まった。最近の放送では、幕府の動きにほぼ進展がなかったため、状況をつかみきれなかった人もいたのではないだろうか。
これまでの放送では、渡辺謙演じる田沼意次(たぬま おきつぐ)の策略によって、寺田心演じる田安賢丸(たやす まさまる)が白河松平家へと養子に行くこととなった。賢丸は自身の意思に反して、江戸城を出なければならなくなったのである。
これはドラマ上の話だけではなく、実際にも意次と一橋家の一橋治済(ひとつばし はるさだ)が結託して、賢丸をはじめ田安家の男子を次々と大名家の養子に出すように働きかけていたらしい。その結果、もともと病弱だった田安家の当主が若死にしたときには、誰も継ぐ者がいないという状態にまで追い込まれている。
今回の放送では、そんな田安家の窮状を打開すべく、賢丸が動いた。妹・種姫が植物の種を持ってきて「種をまけば芽が出ましょうか?」と聞くと、賢丸はハッとした様子を見せる。母親のもとに急ぐと、こんなことを言っている。
「田安の種をまくのです、江戸城に」
シーンが変わって、江戸城西の丸で将棋を指す、賢丸と奥智哉演じる徳川家基(いえもと)。家基は10代将軍・家治の嫡男で、次期将軍候補である。そのため、賢丸の養母・宝蓮院(ほうれいいん)は切なそうにこう語っている。
「同じ吉宗公の血を引くものとして、西の丸様をお支えしたいと賢丸は望んでおりましたもので……きっと西の丸様が将軍におなりになった時、ああして盤を囲むのは足軽上がりの息子なのでしょうね」
西の丸様は「家基」、足軽上がりは「田沼意次」のことで、その息子というのは「田沼意知(おきとも)」のことである。
いかにも同情を引くような話しぶりに、家治の側室で高梨臨演じる知保は「どうにかならぬものか」と、その場にいた老中の松平武元に尋ねた。すると、武元は「一つだけ手がございますかと」と応じている。
こうして賢丸の考えた案を実行する状況は整った。賢丸が口にした「田安の種」とは、賢丸の妹・種姫のことだ。種姫を将軍家の養女として送り込み、ゆくゆくは家基の正室にしてもらうことで、田安家を盛り立てようと考えたのだ。ドラマでは、将軍の家治と意次がこんなやりとりをしている。
田沼意次「田安の姫様を、上様のお子になさるのですか」
徳川家治「ゆくゆくは……家基と夫婦とするつもりだ」
史実においても、種姫は11歳で将軍家の養女となり、江戸城大奥に入っている。家基の正室に、と考えられていたようだ。
しかし、ドラマでは狼狽する意次の様子が描かれたものの、この後の展開として待ち受けているのは、家基の死である。賢丸の作戦も頓挫することになる。ドラマ上では、家基の死に意次が何らかの形で関与するのであろうか。たとえ、ただの病死であっても、家基が亡くなれば意次に何らかの嫌疑はかけられそうだ。
また、家基が亡くなったことで、家治は政務にやる気をなくし、意次が台頭したとも言われている。次期将軍の座を射止める一橋治済の動向とともに、家基の死が与える各方面への影響に注目したい。