『青楼美人合姿鏡』で人気絵師をコラボさせた蔦重

 江戸中期に花開いた町人文化をたっぷりと味わえるのが、『べらぼう』の見どころの一つだ。今回の放送では、蔦重が橋本淳演じる北尾重政(きたお しげまさ)と、前野朋哉演じる勝川春章(かつかわ しゅんしょう)らと並んで街を歩くという、豪華な3ショットが実現した。

 北尾重政といえば、第3話で蔦重の依頼によって花になぞらえて花魁(おいらん)を紹介した『一目千本(ひとめせんぼん)』の絵を仕上げたことを覚えている視聴者も多いはず。これを機に重政と蔦重は親交を深めていったようだ。

 一方、今回が初登場となった勝川春章は、江戸時代中期に活躍した浮世絵師で、あの葛飾北斎が弟子入りしていたこともあるほどの腕前を持つ。

 今回の放送では、蔦重がこの2人の絵師に遊女たちの姿を描いてもらい、『青楼美人合姿鏡』(せいろうびじんあわせすがたかがみ)という錦絵(にしきえ)集を完成させることになった。錦絵とは、多色で刷られた精巧な木版画のこと。『青楼美人合姿鏡』は錦絵を集めて一冊にした豪華なカラー本となった。

北尾重政・勝川春章筆『青楼美人合姿鏡』(1776年)東京国立博物館蔵、出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

 蔦重は完成したばかりの『青楼美人合姿鏡』を瀬川にプレゼントしている。瀬川は「あんたが何かくれる時はいっつも本だなって」とうれしそうにしながら、本を開く。

 すると、吉原を出ていく自分の姿まで描いてくれたことに感激。瀬川は「最初で最後さ…わっちの絵はこの世でこれきり。うれしいもんだねえ。わっち、本読んでんだね……」としみじみと喜びながら、一抹の寂しさをかみ締めた。

 蔦重は「それが一番お前らしい姿だと思ってよ」と応じながら、さらにこう続けた。

「いいだろ。のんびりしてて、女郎をしてない女郎の絵」

 これこそが『青楼美人合姿鏡』の特徴である。いかにも遊女らしい妖艶な姿を描くのではなく、あえて日常の光景を描いたのである。

 当時の人からすれば、花魁たちの普段の姿を見られるのだから、レア度が増すというもの。そして後世の私たちにとっては、この時代の文化や風俗を知るための貴重な史料となっている。

 自分たちの日常を描いてもらった遊女たちは、皆あらためて日々を生きる活力をもらったのではないだろうか。鳥山検校(とりやま けんぎょう)に身請けされて吉原を去る瀬川にとっては、これ以上ない、はなむけとなった。

 豪華な『青楼美人合姿鏡』が、吉原に人を呼び込んでくれるだろうと思いきや、蔦重のライバル版元である鶴屋喜右衛門(つるや きえもん)は「ご案じなく、これは売れません」とほくそ笑んでいる。

 鶴屋といえば、多数の草双紙(くさぞうし)や錦絵を発行し、江戸期から明治期まで出版を続けた地本問屋の代表格である。ドラマではヒール役だが、出版物を見極める目は確かである。蔦重はまたもや窮地に追い込まれることになりそうだ。

 史実において、蔦重は天明3(1783)年、日本橋に進出を果たす。どのようにしてそこまで飛躍できたのか。引き続き蔦重がプロデュースした作品の解説もしていきたい。