「小出楢重 新しき油絵」展示風景。《Nの家族》1919年 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵
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(ライター、構成作家:川岸 徹)

近代日本を代表する洋画家の一人、小出楢重(1887-1931)。彼は東洋と西洋の文化的風土の違いを強く自覚し、そのうえで日本人としていかに油絵を描くべきかを追求した。四半世紀ぶりとなる大規模な回顧展「小出楢重 新しき油絵」が府中市美術館で開幕した。

なぜ日本人は西洋の油絵を描くのか?

 19世紀後半、明治時代を迎えた日本は社会全体が西洋化という目標に向かってひた走り、美術の分野においても多くの画家が西洋の理論や技法を吸収するためにヨーロッパへ渡った。1878年(明治11)にフランスへ留学した山本芳翠を皮切りに、五姓田義松(1880年渡仏)、黒田清輝(1884年渡仏)、岡田三郎助(1897年渡仏)、和田英作(1899年渡独、1900年渡仏)。彼らがヨーロッパから持ち帰った現地仕込みの知識や技術は日本近代洋画の礎となった。

 だが熱狂的な西洋化の波も徐々に落ち着き、やがて若い画家たちは次のフェーズへと入っていく。彼らは先輩画家がヨーロッパから持ち帰った西洋画の技法を学びながらも、大きな疑問を感じた。「どうして日本人なのに西洋の油絵を描くのだろうか?」と。

 そうした、いわば“第2世代”ともいえる画家たちを代表する存在が小出楢重だ。楢重は1887年に大阪・島之内の老舗の薬屋に生まれ、1907年に上京して東京美術学校に入学。当初は日本画科に在籍したが、のちに西洋画科に転科している。卒業後は地元・大阪で制作に励み、1919年に制作した《Nの家族》で有望な新人に与えられる二科展樗牛賞を受賞。この《Nの家族》は2003年に国の重要文化財に指定されている。