カギを破壊して武田和子さんの自宅に侵入する警察官たち=後藤直子さん(仮名)撮影の動画から
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(西岡千史、フロントラインプレス)

 本人も家族も望んでいないのに、高齢者を親族から引き離し、長期間、面会も許さない。そんなケースが全国で多発している。この問題を取材している調査報道グループ「フロントラインプレス」はこの連載の初回で、東京都江東区で起きた97歳の女性高齢者の連れ去り事件を報告した。

 発生はことし3月上旬。警察官が突然、女性高齢者の自宅アパートにやって来た。警察官は江東区の要請を受けて出動したと見られるが、令状もないままカギを壊して住宅に侵入し、高齢者をどこかへ連れ去った。親族はそれ以来、一度も高齢女性に会うことができていない。連絡も取れない。この間に高齢女性は98歳になった。人生の最晩年で、身内のお祝いを受けることなく、年齢を重ねたのである。

 いったい、大都会・東京で何が起きているのか。「高齢者連れ去り・江東区事件」の記事を続ける。

突然、財産が弁護士の管理下に

 行方不明になっているのは、東京都江東区の都営アパートに住んでいた武田和子さんだ。連れ去られた今年3月の時点で97歳。家族はそれ以降、江東区から本人の居場所も安否も教えられていない。

連れ去られた武田和子さん(当時97歳)

 自宅から連れ去られたのは、ことし3月13日だった。その数日前、和子さんは江東区社会福祉協議会(社協)との間で、通帳預かりサービスをめぐって深刻なやりとりを続けていたことがわかっている。1つは知らない間に現金がなくなっていたこと。もう1つは、契約していないにもかかわらず、社協が和子さんの定期預金証書を大量に持って行っていたことだ。

 これに気付いた和子さんは、サービスの解約を申し入れた。ところが、社協は簡単に応じない。それでも交渉を続け、ようやく解約にこぎつけた途端、思わぬ事態に直面したのである。

 ことし3月7日、社協との契約が解除でき、和子さんや同行していた娘の後藤真由美さん(仮名)らが帰ろうとした、ちょうどそのときだ。社協の職員が「裁判所から通知が来た」と言って、東京家庭裁判所の文書を3人に見せた。それによると、江東区の大久保朋果区長が職権によって和子さんに対する成年後見制度の申し立てを行い、それが家裁によって認められたというのである。その瞬間、和子さんのすべての財産は、成年後見の審判が終わるまで一度も会ったことのない弁護士の管理になった。

 真由美さんの娘で、社協との交渉の場にもいた後藤直子さん(仮名)は言う。

「こんなに元気なおばあちゃんに、なんで成年後見人が必要なのか、全く理解できませんでした。拇印で解約手続きしたのに、その直後に『後見制度の審判が始まったから』との理由で、結局、通帳も定期証書も返してもらえませんでした」

 この一件が、100歳近い和子さんを強く怯えさせたという。「お金がなくなっていることに私が気づいていた、と社協の人にわかってしまった。だから、これから何をされるかわからない」と不安を募らせたのだ。娘の真由美さんは「そこまで心配するなら一緒に住もう」と持ちかけ、都外にある自分たちの家に一時的に避難させることにした。そして、荷物を少しずつ運び出す。

 そんな作業を始めて1週間足らずの3月13日、警察官が突然、和子さんの自宅に押しかけてきたのである。

 自宅の内側で直子さんが撮影した動画の記録によると、玄関のカギは午後3時38分に破壊が始まった。特殊な道具を使い、チェーンロックもあっさり解錠。靴の部分にビニールを巻いていたものの、警察官は土足で自宅に侵入してきた。そして、和子さんら3人に向かって、警視庁城東警察署(東京都江東区)への任意同行を求めたという。

 この間、警察官は一度も捜索差押許可状(令状)を提示しなかったが、和子さんら3人は警察官に従った。直子さんは言う。

「正直に言うと、城東警察署に入った時、『黒い服の人たちは本当に警察官だったんだ』と分かって、少し安心したんです。事情聴取は3人とも別の部屋で行われたのですが、社協との金銭トラブルのこと、おばあちゃんと都外の家で一緒に暮らしたいことをちゃんと伝えました」

 それでも聴取は終わらない。1時間ほど経っても聴取は続く。担当の警察官は途中から部屋を出て戻ってこない。直子さんは「おばあちゃんのトイレが心配。ちゃんと行けたかどうか」が気になり、和子さんの取調室に様子を見に行った。

 すると、和子さんの姿がない。97歳の高齢者は、警察署からこつ然といなくなっていた。