AIを悪用した採用詐欺が流行するとの警告がなされている(筆者がChatGPTで生成)
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(小林 啓倫:経営コンサルタント)

 いま会社で採用業務に携わっているという方々には、もはや言うまでもないことだろうが、コロナ禍を経てすっかり「オンライン採用面接」が定着した。最終面接など重要な場面では対面でのコミュニケーションを求めることがまだまだ一般的だが、一次など初期の選考においては、企業側・求職者側の双方にとってメリットのあるオンライン面接を実施するという企業が多くなっている。

 もっとも、別の問題が浮上し始めている。画面に映る「人物」をどこまで信じて良いのかという問題だ。履歴書の経歴は本物か。オンライン面接に参加しているのは本当に応募者本人か。声は、顔は、スキルは──。すべて偽造できる時代が、静かに、しかし確実に到来している。

 信用調査大手のExperianは2026年1月、年次の詐欺予測レポートを公開し、「AIディープフェイクを使って採用面接を代行するサービスが2026年に急増する」と警告した。同社の調査では、米連邦取引委員会(FTC)のデータとして2024年に消費者が詐欺で失った総額は125億ドルに上り、Experian自身の調査でも60%の企業が2024年から2025年にかけて詐欺による損失が増加したと回答している

 採用詐欺はその最前線にある。「AI採用詐欺」はどこまで進化し、企業はそれにどう対応すべきなのだろうか。

 このテーマに関しては、ちょうど2年前、象徴的な出来事が起きている。

映像の信頼が崩壊した日

 2024年2月、ロンドンに本社を置く英国の大手エンジニアリング会社Arupで、ある財務担当者が社内ビデオ会議に参加した。画面にはCFO(最高財務責任者)をはじめ複数の幹部の顔が並んでいた。

 そして、その会議の場で「緊急の資金移動が必要だ」という指示が出る。担当者は上司の顔を見て、声を聞き、疑いを持たなかった。その結果、2500万ドル(約38億円)が5つの銀行口座に送金された。

 後に発覚したことだが、画面に映っていた「CFO」も「幹部たち」も全員、AIが生成したディープフェイク映像だった。実在の会議参加者は、その担当者1人だけだったのである。

 このArup事件は、今日のビジネス環境における「映像の信頼性」がいかに脆弱かを世界に示した。そして、それは「詐欺師が一時的に使用したトリック」では終わらず、2026年現在の採用プロセスに潜む、より日常的で組織的な脅威の予兆となった。

 採用面接における「本人確認」は、長らく人間の目と常識に依存してきた。リモートワークの普及以前は、面接の場に物理的に現れること自体が一種の身元保証だったわけだ。しかし大手IT企業から中小企業に至るまで、オンライン採用が一般化した現在、面接官は「カメラの前に映っている人物」を直接確認する手段を事実上失っている。

 経歴書の学歴・職歴は書面上の記録であり、背景調査(バックグラウンドチェック)は外部データベースの突合に頼る。だが、そうした行為はAIによる精巧な偽造の前では何の対策にもならない。

 AIの進化により、採用詐欺に必要なツールは、今や誰でもアクセスできる状態となっている。