まさに九死に一生、実に生々しい話だった。筆者の「ヒグマにはかなわないが、ツキノワグマなら逃げられるかも」という見込みが甘いものであることを痛感したのはこの時である。

警察が捜査?

 Aさんにある程度詳しい話が聞けたので、筆者が次に所轄の警察署に向かった。広報担当の副署長から一通り概要を聞かせてもらい、Aさんと闘ったクマの写真も見せてもらった。体長は1メートルを超え、体重は70キロ近いツキノワグマであった。

 話を聞き終えて帰ろうとしたとき、

「捜査は継続中ですから」

 と副署長が口にした言葉が引っかかった。

「捜査ってなんですか?」

「いやいや、それも含めて捜査中ですんで喋れません」

 奥歯にものが挟まった言い方に首を傾げながら警察署を後にした。

 その晩、この地域で活躍しているベテラン新聞記者Bさんと居酒屋で夕食を共にすることになった。彼も渓流釣りをするのでポイントを教えてもらう目的もあったが、話題は当然クマと格闘したAさんの一件になる。筆者がAさんと会ったことを話すと、Bさんは目を見開いた。

「えーっ、Aさんと会ったの? オレら記者たちは警察からAさんに取材をかけないようにと釘を刺されているんだよ」

「なぜですか?」

「捜査中だからという理由なんだ」

「捜査って何を捜査しているんです?」

「これは親しい警官から聞いているんだが……」

 Bさんはそう言いながらコップに入ったビールを流し込み、声を潜めてしゃべりだした。