「沢沿いを上流に向かって歩いていったら、カーブを曲がった瞬間にクマと出会ったワケだ」
「突然ですか?」
「んだ」
Aさんが歩いていた渓流は幅が1メートルほどで両岸の木が茂っている中をクネクネと蛇行して、周囲は崖に囲まれていた場所だった。そこのカーブを曲がった瞬間に目の前にクマがいたというワケである。
猛烈な獣臭
「沢の周りは崖で逃げられるようなところはないし、逃げるような状況でもなく、そんなことを考える間もなくクマが襲ってきたんだ」
新聞記事には、Aさんが出会ったのは子グマを連れた母グマだったという。子グマはAさんの姿に驚き山に逃げ込んだが、子グマを守るためだろう。母グマは猛然と突進してきた。母グマも必死だったのかもしれない。
「顔を引っ掻かれて、肩にも噛みつかれたと思うけれど、どこを襲われたのかも記憶がねえ。もう死に物狂いでクマと取っ組み合いになったワケさ」
無我夢中で身を護ったAさんは、その時の記憶があまりない。ただ、猛烈な獣臭だけは強烈に覚えているという。