「どうやら警察はAさんの立件を視野に入れているようなんだ」

 驚くべき事実であった。

「クマを殺したという罪にするのか、山刀を持っていたのが銃刀法違反になるとするのかで動いているようだ」

「罪? だって沢でクマと遭遇したら命を守るために闘うでしょう。それでクマを殺したことが罪になるんですか?」

「オレもそう思うんだけど、故意にクマを殺しに行った可能性もある、と警察は見ているようなんだ」

高値で取引されていた熊胆

「故意に? なんのために?」

「クマノイ(熊胆)を取る目的だったのではないかと思っているようなんだ」

 現在ではクマノイと聞いてもピンと来る人も少ないだろうが、クマの胆嚢は古くから万病に効くクスリと珍重されてきた。昭和の時代にはガンにも効くとされて、100万円もの値段で取引きされていたこともあるほどだ。

 そのためクマノイを目的に猟をする輩がいたのも事実。だが、その場合、銃を使用するのが普通だ。

 クマノイが目的だとしたら、果たして沢で出遭ったクマと刃物一つで格闘するような危ないことをするものだろうか?――そんな疑問が直ぐに湧いてきた。