そこで大切なのがクマよけの工夫だ。
腰にクマよけの鈴を付けたり、携帯ラジオで音量を上げるなど、わざと物音を立ててクマにこちらの存在を知らせてやるのがクマと遭遇しない方法であるとされているが、筆者はその他に独自な方法を取っていた。それは渓流釣りの大先輩から教わったものだ。
「釣り場に行ったら竿を出す前に岩に腰掛けるなどしてゆっくりとタバコを一服するんだ。そうすればタバコの煙が渓流に流れてクマは人間がいるからと分かり、近づかない」
真偽のほどは定かではないが筆者はこの教えを頑なに守ったものだ。渓流沿いの木にクマの残した爪痕を見たり、クマの糞を見たら即座に撤退することにしていたので対岸にクマを見たことはあるが、幸いなことに遭遇したり襲われたことはまだない。
クマと闘った男
あれは今から30年ほど前のこと。11月初旬のある日、一本の新聞記事に目が止まった。
それは青森と岩手の県境の山林にキノコ採りに出かけた50代の男性が、渓流でクマとばったり遭遇、襲ってきたクマと闘って殺したという記事だった。クマを倒した男性のほうも重傷を負っていたが、自力で下山し、たどり着いた民家に助けを求め、そこから救急車で病院に運ばれたという。クマは体長110センチ、体重70キロのツキノワグマであり、現場付近で遺骸が発見されていることも併せて書かれていた。
刃物ひとつでクマと闘って殺した? まったく想像もつかないような話だ。この男性から直接話を聞ければ、絶対にユニークなエピソードを拾えるかもしれないと思った筆者は、なんとか会えないものかと頭を巡らせた。