ある初夏の日、一人の青年が森の中の道なき道を進んでいた。青年は遭難していたわけではない。彼は、一心不乱に探していたのだ。クマのウンコを──。
あれから20年以上が経った今も、彼はクマのウンコを探し、拾い集めている。その数は、優に3000個を超えた。
クマのウンコを拾うことに何の意義があるのか。『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら ツキノワグマ研究者のウンコ採集フン闘記』(辰巳出版)を上梓した小池伸介氏(東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授)に話を聞いた。
──なぜ、クマのウンコを拾い集めていらっしゃるのでしょうか。
小池伸介氏(以下、小池):野生のクマを直接観察することは困難です。基本的に野生のクマは森の中で単独行動をしていますので、一番簡単に野生のクマに接する方法は「クマのウンコを拾い集める」ことです。
クマのウンコを調べれば、クマが何を食べているのかわかります。最近では、ウンコの中のホルモンを分析して、クマが発情しているのか否かまで判別できるようになりました。
クマの生態をより深く理解するため、クマのウンコを拾い集めています。
──卒業論文のためにツキノワグマの研究を始めた当初、「なかなかウンコが見つけられずに途方に暮れた」というお話を書かれていました。
小池:クマのウンコが見つけられなかった理由の一つとして、やはりクマが森の中にたくさんはいないからということが挙げられます。
また、私が調査を始めた時期も、ウンコ収集に適した季節ではなかった。夏の初めだったのです。
クマの大きなウンコは、ハエやフンコロガシといわれる糞虫など、いろいろな動物にとって、お宝のような存在です。動物の活動が盛んになる夏の初めであれば、クマのウンコはすぐに分解されてしまいます。
さらにウンが悪いことに、私はもともと昆虫少年、当時は昆虫青年でした。昆虫を探すような目線で森を見るクセがついてしまっていたようです。クマのウンコを見つけるためには、そのための特別なクマの目線が必要なのです。
──一番はじめに、クマのウンコを見つけたときは、どのようなお気持ちでしたか。
小池:宝物を見つけたような気持ちでした(笑)。そのうちに、クマのウンコを見つけるための特別な目線も獲得。ウンコ収集スキルはどんどん向上していきました。
結果、卒論が完成するまでの1年半で約300個ものウンコを拾うことができました。
──ウンコがたくさん見つかるようになると、はじめてウンコを発見したときのような喜びは得られなくなるものなのでしょうか。
小池:そんなことは全くないですね。
季節ごとに、クマが食べているものは違います。一つのウンコを見つけるたびに、新たな発見があります。喜びが薄れることはないですね。一つとして、同じウンコは存在しないのです。
「クマのウンコを通して四季を感じる」というのも、ちょっと風流だと思いませんか。
──今まで拾ったウンコの中で、一番の推しはどういったものでしょうか。
※次ページに実際のウンコ写真が登場するので、苦手な方はご注意ください