菊の司酒造株式会社 取締役 社長室 室長 山田貴和子氏と、海外でも高い評価を獲得する無濾過生原酒シリーズ「kikunotsukasa innocent」(撮影:榊 水麗)

 女性の活躍を後押しする施策や環境の整備が進む中、その実態は? 未来とは? 日本企業全体の99.7%を占める中小企業において、時代を変えようと奮闘する女性経営者を紹介するシリーズ。その第2回は、経営に行き詰まっていた岩手県現存最古の酒蔵をM&Aによって引き継ぐことになり、全くの異業種からの参入にも関わらず、わずか数年で世界でも注目される酒造メーカーへと生まれ変わらせた菊の司酒造の山田貴和子氏だ。

(岸 美雪:ライター・編集者)

廃業危機から海外進出へ 酒の常識を破った27歳

 岩手県は、江戸時代に盛岡藩が酒造りを奨励したことから日本を代表する酒処となり、日本三大杜氏と呼ばれる南部杜氏の技が現在まで磨かれ続けている。1772年に酒造りを始めた菊の司酒造は、その伝統を今に伝える岩手県現存最古の酒蔵だ。

 しかし、日本酒はピーク時の1973年には全国およそ4,000軒の酒蔵で約170万tが製造されたが、2023年には1,500軒で39万tという業界規模にまで縮小している。名門・菊の司酒造も長年厳しい状況が続き、2019年には経営危機に瀕していた。

 創業家によって金融機関や行政なども交えた事業譲渡計画が進められる中、できれば県内の優良企業にと白羽の矢が立ったのが、盛岡市に本社を構え、県内でパチンコホールや飲食店などを幅広く経営する株式会社公楽だった。異業種であり、地元の名門企業を承継する重責に当初は固辞していたが、伝統を絶やすべきではないというトップの決断により、2021年に事業を引き継ぐこととなった。

 このプロジェクトを担当することになったのが公楽の代表取締役社長でグループの総帥である山田栄作氏の長女、山田貴和子さん。大学卒業後は東京のIT企業に勤務していた貴和子さんは、27歳の頃、コロナ禍で在宅勤務が続いていたことと、母の体調がすぐれなかったこともあって一時的に岩手に帰郷し、公楽の仕事を手伝っていた。

「いずれは東京に戻るつもりだったのですが、岩手の伝統復活に対する父の強い思いを身近で感じ、一緒に菊の司酒造の再生を成功させたい!と担当になることを決めました」

 それから4年、貴和子さんは、菊の司酒造の中心的存在として、本社と蔵の移転、最新設備を備えた新蔵(工場)の建設、組織改革、雇用創出、新商品開発、新規顧客開拓などを矢継ぎ早に実現。事業譲渡当時は販売先の大部分を県内が占めていたが、県外売上約4割、さらにほぼゼロだった海外販売を全生産量の約3割にまで伸長させている。