「重傷を負って病院に運ばれた」とあるから搬送先は救急病院だろう。となると地域の大きな病院だろうから特定できるかもしれない。多少は土地勘もあったので、あたりをつけて現地入りしてみた。
新聞には氏名が載っていたのでAさんの名前は分かっている。地域で大きな救急病院を、ノーアポイントで訪ねてみた。入院病棟の廊下を歩きながら、病室入口に掲げられた入院患者の名札を眺めていると、Aさんの名前を簡単に見つけることができた。たしか病室は個室ではなく6人部屋くらいの大部屋だったように記憶している。
廊下から部屋を覗くと頭や顔に包帯をしてベッドの上で胡坐をかいている50代ほどの男性と目が合った。パジャマではなく、厚手の浴衣を羽織っている。大柄で肩幅が広く、目つきが鋭い精悍な容貌だ。ひと目で、「この人だ」と判断した。
筆者はとっさに、
「Aさんですよね」
と声をかけて部屋に入っていった。
沢沿いの曲道を進んだたら目の前に
「んだ」
お見舞いのお菓子を差し出し、こちらの取材意図を伝えた。
「そんなに喋ることはねえよ」
やんわり警戒されているのを感じたが、ずうずうしくもベッド脇に腰掛け、必死に言葉を継いだ。ここで看護師さんが部屋に来て「取材なんてダメ」と言われたら元も子もない。それが心配だったので、マシンガンのように質問を続けたのだ。
「○○川の支流の沢さオラはいつも行くんだ。そこでクマとあったんだ」
そこは前述したクマが棲むトライアングル内の渓流であった。
「ああ、あそこですか。オレも渓流釣りが趣味だからいろいろと行っているんです。あそこはクマの巣と言われているでしょ」
筆者があの地域の渓流に詳しいことをAさんにアピールすると、Aさんの警戒心も和らいだようだった。