命を救った山刀
「ナタで闘ったと新聞記事にはありましたけど、山に入るときにはいつもナタを持っているんですか?」
「あそこらへんはクマの棲み処だから、念のために腰には刀のようなものを差していたんだ」
「刀? ナタではないんですか?」
「そうではなく、諸刃の剣のようなもんで、ここいらでは山刀とかナガサと呼ばれるものだ」
「どのくらいの長さなんですか?」
「うん? このぐれえかな」
ひっかき傷がなまなましい包帯が巻かれた大きな手で30センチぐらいを示した。
万が一の備えが奏功した。この山刀が無かったらAさんは助からなかったかもしれない。
「無我夢中でクマを刺したんだ。生きるか死ぬかの闘いだった。クマが動かなくなったのでなんとか闘いに勝ったんだけど、こっちも血だらけになって全身が痛かった。もしも足をやられていたら渓流脇で死ぬしかなかっただろうなあ。なんとか歩けたので、そこから人家のある場所を目指してやっと救急車を呼ぶことができた」